みやざき農園 (和歌山県田辺市大坊)

みやざき農園は、和歌山県田辺市大坊地区の高地に位置する柑橘農園で、地域の地形と気候条件を活かした独自の栽培を行っている。大坊エリアは標高約300メートルの南向き斜面に広がり、日照条件に恵まれ、水はけと風通しが良いことから、柑橘栽培に適した環境を備えている。みやざき農園では、こうした自然条件を最大限に活かし、果実を木に成らせたまま越冬させる抑制栽培による「越冬木熟大坊みかん」を主力品目としている。

一般的な温州みかんが12月から1月にかけて収穫されるのに対し、同農園では12月から出荷を開始しつつ、1月、2月、条件が整えば3月頃まで樹上で熟成させる。200日以上の木成り期間によって糖度が高まり、濃厚な甘さとコクのある味わいが生まれる点が特徴であり、「大坊みかん」として地域のローカルブランド形成にも寄与している。

園主の宮﨑元樹氏は、家業の農業を継承して約14年にわたり柑橘栽培に従事してきた。JA紀南青年部部長を務めた経験や柑橘ソムリエの資格取得などを通じて、地域農業の現状を内外に伝える役割も担っている。また、若手農家とともに鳥獣害対策に取り組む「ないがしろ団」を立ち上げ、YouTubeによる情報発信などを通じて地域課題の可視化にも力を注いでいる。みやざき農園は、園主の実践と発信を通じて、自然・時間・人の関係を丁寧に編み直しながら、持続可能な農業のあり方を模索し続けている農園である。

みやざき農園にて宮崎元樹氏ご夫婦にインタビューを実施した。

みかんの手入れする宮崎氏



〈みやざき農園〉園主・宮崎元樹氏 インタビュー 要約

1. 地域と生産の特徴木熟みかんという戦略
〈みやざき農園〉の最大の特徴は、樹上で果実を熟成させる「木熟みかん」の栽培にある。一般的な早生温州みかんが12月前後に出荷されるのに対し、同農園では果実を木に成らせたまま越冬させ、1~2月、状況によっては3月まで出荷を延ばす。これは、他産地との真正面の競合を避け、季節性と味の深みを価値に転換する差別化方針である。
この取り組みは現当主の代に始まったものではなく、先代の代から継続されてきたものであり、結果として地域オリジナリティを形成してきた。ブランド化そのものを目的とするのではなく、「待つ時間」や冬季ならではの味わいを重視する姿勢が、「おぼんみかん」といった地域ブランドの維持・強化につながっている。

2.ビジョンと発信方
直販と対話の重視宮崎氏が強調するのは、生産者と消費者の距離を縮めることの重要性である。農協流通を基盤としつつも、そこでは得にくい「生の声」を重視し、個人販売や直接対話の拡充を模索している。「人と繋ぐみかんの絆」「みかんで人と繋がっていきたい」という言葉に象徴されるように、果実そのものだけでなく、背景やプロセスを含めた関係性の構築を志向している。
情報発信の面では、YouTubeを中心とした発信実績と意欲があり、活動ロゴを用いたTシャツや帽子など、可視的な取り組みも進んでいる。地域の若手有志による団体活動とも親和性が高く、コモンズ農園の対外メッセージ形成において重要な基盤となり得る。

宮崎ご夫婦へのインタビューの様子


3.気候変動の影響とリスク対応
近年の気候変動は、生産現場に明確な影響を及ぼしている。冬季に暖かい雨が降ることで果実の腐敗リスクが高まり、これまで積雪が少なかった海沿い地域でも、ここ5~6年は毎年のように雪害が発生している。
木熟みかんという栽培方針は、こうした変化の影響を受けやすい。
これに対し、〈みやざき農園〉では高酸度(酸味を残す)栽培によって腐敗耐性を高め、前倒し出荷ではなく「腐らない工夫」によってブランドを維持する方針を取っている。また、バナナなど新規作物の試行を「遊び心」を持って行うなど、環境変化への適応と多角化を並行して進めている点が特徴である。

大坊地区からの絶景

4.労働力と住み込み構想
労働力確保は大きな課題である。平時は近隣住民(高齢化傾向)に支えられ、繁忙期は同世代の若手がスポットで支援しているが、いずれも継続性には不確実性がある。突発的な欠員リスクも高い。
その対策として、空き家を活用した住み込み就労の構想が共有された。大学生等を対象に、就労・学び・生活支援を一体化した仕組みを整えることで、人材確保と地域経済(家賃収入等)の双方にプラスとなる可能性がある。一方で、当該地区は空き家が少なく、先祖代々の所有観から外部提供に慎重な文化があり、耕作放棄地問題とも絡んで実現のハードルは高い。宮崎さんは、農家社会の封鎖性を自覚し、世代交代と横の連携によって変革の可能性を見出している。

大坊地区に残る先人たちが築いた石垣

5. コミュニティ連携と横のつながり
地域連携の具体例として、若手7名で結成された「ないがしろ団」の活動が挙げられる。鳥獣害対策という切実な課題を起点に、作り方のオープン化や横の連携が進んでいる。一方で、同地区内でも畑訪問には文化的ハードルがあり、名前や圃場を知っていても直接訪問は少ないのが実情である。
JA紀南青年部での経験を踏まえ、地区間交流や見学・対話の機会をコモンズ農園が橋渡しすることへの期待が示された。

地域の青年団で結成した害獣対応チーム<ないがしろ団>のTシャツ

6. 販路・農協をめぐる考え方
宮崎氏は農協の役割を現実的に評価している。規格外や低等級を含め「一粒でも売りたい」という生産者ニーズに応える受け皿であり、危機時のセーフティネットとして不可欠である。一方で、直販によって顧客の声を取り込み、価値を伝える必要性も強く認識している。
農薬についても、「農薬=不可」という単純化は実態と乖離しており、安全性や適正使用の現実を丁寧に伝える必要があるとの認識が共有された。今後は直販と農協を併用するハイブリッドな販路設計が検討課題となる。

7.今後の方向性
本インタビューを通じて、対外メッセージとして「みかんが人をつなぐためのプロジェクト」を用いて発信していく方針で合意した。インタビューの継続収集とアーカイブ化・映像化を進めること、地区内外の交流・見学機会の創出にコモンズ農園が関与する方向性も再確認された。一方で、気候変動、労働力、空き家、販路設計といったリスクと課題は引き続き検討が必要である。

大坊みかんの特質について語る宮崎氏

〈みやざき農園〉から考えるコモンズ農園

〈みやざき農園〉が〈コモンズ農園〉にとって重要な参照点となるのは、理念や思想の一致においてではなく、日々の判断や運用ににじみ出る「実践の構え」にある。そこには、農園を完成されたモデルとして提示するのではなく、揺らぎや未決定を抱えたまま運営し続けるための、現実的で持続的な態度が見て取れる。

〈みやざき農園〉の「木熟みかん」は、結果としてブランド化しているが、当初からブランド形成を目的とした戦略ではなかった。地域の自然条件、市場環境、家業の継続性といった複数の要因に応答するなかで選ばれてきた判断の積み重ねであり、暫定的な選択が時間をかけて定着したものである。この姿勢は、完成を前提とせずに運用を続けるコモンズ農園にとって、長期的なプロジェクトの時間設計における実践的な指針となる。

〈みやざき農園〉では強い理念よりも「判断の履歴」が共有されている点が重要である。なぜ収穫時期を遅らせたのか、なぜ農協を完全に離れないのか、なぜ直販を段階的に考えるのか—これらは思想として語られるのではなく、具体的な状況判断の連なりとして説明される。〈コモンズ農園〉においても、参加者や関係者が入れ替わるなかで重要になるのは、同じ理念を共有することより、判断に至った文脈を共有できることであり、その意味でみやざき農園は、運用可能な共有モデルを提示している。

地域との関わり方において、〈みやざき農園〉は「地域」を目的化しない。若手農家による「ないがしろ団」は、地域活性化を掲げるのではなく、鳥獣害という具体的で切実な問題への対処から始まっている。その結果として、人と人の関係性や情報共有が立ち上がっている点に特徴がある。これは、抽象的な「地域連携」を構想するのではなく、共有せざるを得ない課題から関係が生まれるという、〈コモンズ農園〉にとって極めて実践的な示唆を与える。

外部への開き方における慎重さも重要である。〈みやざき農園〉はYouTubeなどの発信を行っているが、可視化や拡張を急がない。内部の納得や地域の信頼関係を優先し、その範囲でのみ外に開く。この姿勢は、アートや研究、教育など複数の文脈に接続していく〈コモンズ農園〉にとって、公開性と内部の持続性のバランスを考えるうえで、現実的な参照点となる。 最後に、環境変化への向き合い方である。気候変動を外的な危機として語るのではなく、酸味を残す栽培や新作物への試行など、小さな応答の積み重ねとして引き受けている点は重要である。大きな倫理的主張に回収せず、日々の選択として環境と関わる態度は、〈コモンズ農園〉が環境問題を扱う際の表現や実践のあり方に示唆を与える。〈コモンズ農園〉が長期的に成熟していくために必要なのは、このような「続け方」の知であり、その意味で〈みやざき農園〉の実践は参照点のひとつである。

写真:Tartaruga、下田学

「みかんの​右と​左」​参加者調査


2024年に住友と東京藝術大学大学院のゼミ生は研究助成金を得て、コモンズ農園プロジェクトに参加している人たちに聞き取りを行い、アートプロジェクトに参加する経験について調査をおこないました。聞き取り対象者は、まだ農地がない状態の助走段階で実施してきたワークショップに参加した人たちや、協力してくれている農家さんたち、あるいはスタッフとして参加している人たちです。

これはプロジェクトを継続していくために、実施してきたことを振り返り、まだ目に見える成果がないアートプロジェクトに参加する経験を理解するためにおこなわれました。結論としては、こうしたプロジェクトは普段はなかなか⾔語化できない経験を見つめ、あえて語り出す機会をつくり、さらにそれが聞かれる機会を増やしていると考えました。それは、⽇常の経験とも絡み合うことで個⼈の内⾯を形成するアイデンティティや⽂化と深く結びつき、 それをリフレクシヴに 「語りなおす」 ことであり、それが他者への共感を⽰す機会を作り出すことに参加の意義があるのではないかと私たちは考えました。

調査の詳細は以下の報告レポートに記しているほか、取材で語られた⾔葉、そして詩の⾔葉を写真と一緒に掲載したフォトブック 『みかんの右と左《コモンズ農園プロジェクト》の参加経験調査』を作成した。

鑑賞者研究ノート:⽇常の経験と連続する鑑賞/参加(住友文彦)

Notes on Audience Study: CONTINUITY BETWEEN EVERYDAY EXPERIENCE AND PARTICIPATION (SUMITOMO Fumihiko)  [coming soon]

粘土団子の旅(ワークショップ)


紀南アートウィーク2024「いごくたまる、またいごく」
ワークショップ「粘土団子の旅」
日時:2024年9月28日(土)
会場:SOUZOU(和歌山県田辺市中屋敷町70)


午前中に「粘土団子作り」を行い、午後には実際に柑橘畑に行き「極早生みかんの収穫」を行う一日体験のワークショップ

午前(9:00~12:00)
粘土団子作りは、「不耕起 無肥料 無除草」を特徴とする福岡正信流の自然農法を体現化した「粘土団子」からインスピレーションを受けてデザインされたワークショップです。数種類の野菜や花などの種を粘土と混ぜて団子を作り、畑に撒いて放置します。その団子の中に練り込まれた種は、自然の環境状態を察して発芽します。福岡正信氏の思想と農業の実践は、我々のコモンズ農園の大きなヒントになると考え、参加者と共にこの体験を共有していただきました。

昼食(12:00~13:30)
コモンズ農園や粘土団子、みかんなどについてお話をしながらSOUZOUのランチをいただきました。

午後(14:30~16:00)
地元の柑橘農園、尖農園を実際に訪問し、参加者の皆さまと一緒に土に触れ、農園の空気を体感しながら、極早生みかんの収穫体験を行いました。

<みかんの旅 >展

長野県立美術館 <みかんの旅 >展
期間:2023年11月3日(金・祝)~2024年2月12日(月・祝)
主催:長野県、長野県立美術館
協力:アウラ現代藝術振興財団、小山登美夫ギャラリー、和歌山県紀南みかん農園

長野県立美術館・アートラボでの展示では、におい(嗅覚)とみかんをテーマに、展覧会『みか んの旅』と、現在も進行中のアート・プロジェクト「コモンズ農園」を往還しながら、諸感覚が もつ豊かさをあらためて捉え直し、新しい価値観の創出や、精神的な豊かさを回復するためのヒ ントを探りました。 人間がもつ原初的な感覚は本来豊かなものである一方、現代の日常生活では、身体的感覚を実感 する機会が少なくなっています。
展覧会では、自己を取り巻く環境や世界と向き合う際に、言葉になる以前の未分化な身体感覚をもう一度積極的に取り戻すことが、日常のレベルでも新たな経験 の獲得につながり、生きるうえでの豊かさへと結びつく可能性を示しました。 また、地球の生態系の危機や、私たち人間の生の基盤が揺らぐ状況のなかで、「いま、私たちはど のように世界と接続し、来るべき未来のリアリティを紡いでいくのか」という問いが立ち上がって きました。 そうした問いを、さまざまな人々が交流しながら考えていく場として構想されたのが「コモンズ 農園」です。
「コモンズ農園」は、農作物を収穫する場であると同時に、自由な共有資源(モノ・ 知)を収穫し、よりよく生きるための知恵を見いだす場所として、機能していく予定です。『みかんの旅』展の会場には、近い将来オープンするとされた「コモンズ農園」の未来像を想像 するための要素が空間として構成されました。また、関連企画として、ワークショップ<いちどた めしてごらん>、<メイルプロジェクト016>も行われました。

みかんの旅ー観察ノート PDF

アートプロジェクト〈コモンズ農園〉ハンドアウト(2023年10月15日発行) PDF

いちどためしてごらん


ワークショップ「いちどためしてごらん」(2023年10月22日 秋津野ガルテン)
紀南アートウィーク2023 「みかんかく」


【第一部】視覚と触覚
作品、いちど試してごらん(1992)の制作プロセスを追体験していただき、視覚以外の身体感覚をフル動員させながら実体験することで、知覚の曖昧さや感覚の豊かさ、視覚のみに頼らない感覚のあり方を考察します。

【第二部】視覚と嗅覚
匂いは拡散してく特性があるため、感覚の中でも特に嗅覚は他の感覚器官に比べて主観的で性差や個人差も大きくなります。そこで、実際に視覚を遮断し嗅覚のみによる体験をしていきます。みかんの香りをテーマにこの感覚を研ぎ澄ます体験を行いながら、嗅覚における自他が混じり合うような特徴を体験できるようなワークショップです。


未来の「コモンズ農園」を共同でつくるワークショップ 

私たちは同じものを見ているようで、それぞれ見ているものは違う。感じ方も違う。個人の記憶や経験がさまざまに作用し、同じ出来事を別のものとして捉えていることがある。ふと人々は分かり合えない孤独を抱えているような気持ちにもなるが、そんなことはなくて、だからこそ世界は人の数だけ豊かであるともいえる。

のっけからまどろっこしいことを書いて恐縮だが、これは紀南アートウィーク2023で行われた廣瀬智央のワークショップを記録映像で振り返ったときに頭によぎった感想だ。同時に、木造の旧小学校の元家庭科室に注ぎ込む太陽の光に包まれた暖かい秋の日の記憶が蘇る。そこでは廣瀬の進行のもとで参加者の作業や対話が行われていた。じつに穏やかな時間がゆっくり流れる風景である。それを何度も記録映像で見ていると、はじめに見るのと2度、3度目に見るときでは目を止める箇所が変わっていくことに気づく。つまり、他人どころか、自分が同じものを見ていても見方は変わっていくのだ。

さらに参加者たちは、参加動機、一人ひとりが仕事や家族と離れて参加した事情も違うし、ときおり目の前の他人を意識した自分の行動や発言によって自己省察もしている。そうした細やかな個別性を一人ひとりが抱えながら、共通の作業をしている様子を見て、冒頭のような感覚をおぼえたのだ。

さて、肝心のワークショップはこのように進んだ。まず参加者はホームセンターなどでよく見る軽量レンガを丁寧に観察して、似た大きさの発泡スチロールのブロックを削り、同じ形を作るように指示される。作品制作の基本的なトレーニング、模刻を体験する。これは見てとらえた形を手によって再現する一見単純な行為だが、素材の硬さや道具の扱いに慣れるまでのあいだ、自分の手はまるで他者のように言うことを聞かない。しかし、次第にナイフと紙やすりの扱いに慣れていくと、もっと細部を再現したい欲求に駆られる。映像でも、はじめの戸惑いから一変して集中力が増していく様子が短時間で見て取れる。

次に参加者はそれが見えなくなるまで、毛糸をぐるぐる巻きつけるように言われる。すでに二つのブロックを触ることで表面のテクスチャに馴染んでいるので、それらに沿って毛糸がしっかり巻き付くように軽く引っ張りながら、人によって規則正しく、あるいは乱雑に巻き付けていた。

さて、ワークショップはここまでが制作編で、その後作業をしていたテーブルは脇に寄せられ、全てのブロックが床に置かれた。外観が毛糸で包まれているので、もうレンガと発泡スチロールの区別はつかない。参加者はどちらかを思い浮かべ、一つを選んで手に取ってみる。そうするとふわりとした柔らかい手触りのあと、伝わってくる重さが脳の予測と違っていると手と腕の筋肉が少しバランスを崩す。シンプルな賭けによって、脳と腕の間のつながりが強く意識されるのだ。

第二部は、一転して目隠しによって視覚の働きを止める。何も見えない状態で参加者はみかんを手に取り、皮を剥き、食べる。さらに植物の葉が手渡され、それを軽く揉んで匂いを嗅ぐ。どれも視覚を奪われたことによって触覚や嗅覚が鋭敏になる経験である。とくに柑橘類は実ではなく葉に特徴がある。驚いたことに、数ある柑橘類の中から配られた葉がレモンとコブミカンであることを当てた参加者がいた。さすが日本有数の柑橘類の産地である。

最後は木造の旧小学校を出て、たわわに実をつけた木が多くあるみかん農園を歩き、農家さんから育て方や美味しいみかんの見分け方を教えてもらった。普段見ることがない収穫前のみかんの木を前にしながら、土から吸いとった養分が生み出す甘みと酸味のバランスを、どのように管理しているかを説明してもらった。みかんの縦横の比率、表面のデコボコなどに、そうした見えない領域の活動が現れていると知るのはとても興味深いことだった。農家さんたちは私たちには見えていないものが確実に見えている。

さらに、子供たちには、美味しいみかんを食べることだけでなく、軽トラの荷台に乗って急斜面を走るのも好評だった。農家さんにとっては当たり前の日常が、テーマパークの乗り物級に人気を得ていた。それと、普段は毎日作物を出荷するだけだが、美味しいと言いながら食べる声を直接聞けるのがいいと農家さんが最後に語っていたことも印象的だった。

実際、多くの一次産業の生産者が自分たちでつくりだしたものが持つ価値を実感するのは簡単ではないかもしれない。それを栄養として身体に入れ、味わう人々とのあいだには仲介業者(市場)が挟まっているからだ。農家は市場の要望をもとに作物の味や形の管理している。そのシステムでは最終的に作物の恵みを得る私たちは消費者と呼ばれる。その私たちも生産者たちがどのような作業をおこない、どんなことを考えているのかを知ることはほとんどない。

はじめて紀南を訪れた時から廣瀬は実際に農園にでかけ、多くの農家さんと話すうちに、その仕事ぶりや植物の知識に魅了されていた。またいっぽうで、その魅力ある経験や知識は商品としてのみかんをつくることを大きく超えているようにも感じていたのではないだろうか。農家が語る言葉には土地の歴史や地形と結びつく話や、もっと人間や生き物がともに共存していくための知恵を感じることもあった。それは日々自然と触れることでつくりあげている文化そのものである。市場に商品を出すという行為だけでは、とても語り尽くせるものではないのだ。

そして廣瀬はこう考えた。商品の生産が生活の生業として重要なのはよく理解できる。ただ、それに留めず、みかんづくりの豊かな知識と経験が解き放たれるような場所をつくりたい−という提案が「コモンズ農園」という構想にむすびつく。背景には、豆やレモンなど自然の素材をつかって作品を制作してきた経験や、イタリアでワインをはじめ豊かな食文化を生み出す農家を訪ねてきた経験があったであろう。

今年制作した小さな冊子「アートプロジェクト〈コモンズ農園〉」のなかで彼は、生き物たちが互いに依存し合う微生物の世界を探求した南方熊楠のマンダラ図を掲げ、分業化された産業や社会の分断を乗り越える可能性を考えるために、異なる立場の人々が集う農作物を育てる場を構想する。

それははたしてユートピアなのだろうか。理想郷やどこにもない場所なのだろうか。モノを作り、自分の感覚を確認し、植物の豊かな恵みを感じ取り、そして農家だけでなく地域のさまざまな人が集まり、語り合う実践は、紀伊田辺の10月のある日に、木造の旧小学校と農園を舞台に実際におこなわれていた。暖かな秋の一日は、そんな「コモンズ農園」の未来の姿を一部垣間見るような体験だった。

住友文彦(キュレーター)

みかんの苗木の旅

みかんの苗木の旅 通信は、苗木の里親の皆さまをはじめ、コモンズ農園の活動に参加してくださっている方、また関心を寄せてくださっている方々に向けて、不定期でお届けしているウェブ通信です。コモンズ農園の近況や季節ごとの動き、みかんの苗木や柑橘にまつわる話題を中心に、農園で生まれているさまざまな出来事や思考の断片をお伝えしています。

通信では、苗木の成長の様子や農園での作業風景、土地や季節の変化といった日々の記録に加え、みかんや柑橘類をめぐる文化、記憶、暮らしに関わる話題も取り上げます。また、紀南アートウイーク代表の藪本の読書案内やスタッフによる小さなレポート、農園を訪れたゲストの方々との対話、寄稿やコラムなども交えながら、柑橘を入り口に人と土地、人と人とのつながりがゆるやかに広がっていくような内容を目指しています。

この通信は、単なる活動報告にとどまらず、コモンズ農園という場がどのように育まれ、変化し、ひらかれていくのかを共有するためのひとつの窓でもあります。みかんの苗木を通して結ばれたご縁を大切にしながら、農園の現在地とこれからを、皆さまとともに見つめていくための媒体として発信しています。


みかんの苗木の旅」通信 アーカイヴ

「みかんマンダラ」展

KINAN ART WEEK 「みかんマンダラ」展
日時:2022年10月6日(木)〜10月16日(日)
場所:和歌山県紀南地域 田辺市内各所

「みかんコレクティヴ」の話し合いやリサーチをもとに、蜜柑の栽培、及びその生態と周辺環境を、南方熊楠が熊野の生き物に見出した宇宙的広がりと重ね合わせてみる試みとして、4会場を使った展覧会が開催されました。

この展覧会で、作品《みかんコレクティヴ》が展示され、「コモンズ農園」の長期プロジェクトがはじめて提案されました。

そのほか、「菌と共生 / 菌根ネットワーク」をテーマにしたSOUZOU(旧岩橋邸)では、《ビーンズ・コスモス》や《フルーツの塔》を展示し、「土と根 / 見えない根を探る」をテーマにした愛和荘では、写真作品《クマノ・ラディーチ》と複雑な根の構造を使った作品《無題》が展示されました。

手前:廣瀬智央《ビーンズ・コスモス(蜜蝋)》2019年、奥:廣瀬智央《フルーツの塔》2022年
廣瀬智央《クマノ・ラディーチ》2022年
廣瀬智央《無題》2022年

KINAN ART WEEK 2022「みかんマンダラ」 を振り返る
https://kinan-art.jp/info/11413/

この展覧会では、日本や東南アジアのアーティストが人と自然環境の関係性に目を向けた作品が多く並びました。それらを通して、人間にとって植物はつねに身近な周辺環境に存在しながら、鑑賞され、食され、その過程で信仰や物語によって意味や概念が変化し続けてきたことが伝えられます。

とくに微細かつ豊穣な菌や見えない場所で生命を支える根の役割に注目することは、人間中心の世界観を大きく覆すきっかけを私たちに与えてくれます。

熊野古道と南方熊楠の土地で、これらの作品を見ることは科学や経済によって生産性を優先する豊かさを追求してきた近代化への異議申し立てのように感じられました。

「コモンズ農園」がそうした近代化とは別の価値観を模索する試みであるとすれば、それはどのように可能なのでしょうか。

同時期に実施されていたドクメンタ15とアルテポーヴェラの実践を結びつけるメール対談としては、「コモンズ農園の歴史的文脈を語る(前編)(後編)」を参照してください。

みかんダイアローグ (抄録)


みかんダイアローグ Vol.3 『みかんトーク-紀南のみかん農家に聞く-』
2022年8月5日(金)19:30〜20:30オンライン(撮影会場:秋津野ガルテン)
聞き手:藪本 雄登(「紀南アートウィーク」実行委員長) 

就農者がなかなか増えないなか、地元でみかん農業を親から引き継いだ若手農家たちはどんなことを考えているのだろうか。そこでは、生業として農業を続けていく難しさや技術や経験をどう継承し新しくしていくことができるのかといったことが生々しく語られるだけでなく、植物や自然を注意深く観察する態度とそうした経験がとても興味深く語られている。

抄録版ではなく全文を参照したい方はこちら

小谷大蔵さん(農家)
8年前、子供が生まれたのをきっかけに家業である農業を引き継ぐ。柑橘をはじめ、梅、米、野菜をJAや直売所にて販売。荒廃園地を再生して果樹の種目を増やすなどし、積極的に園地の拡大を図っている。今後の目標は、後継が作業しやすい園地を作っていくこと!

鈴木秀教さん(農家・料理人)
田辺市下万呂で柑橘を中心に梅、米、野菜 (枝豆、さつまいも、ハバネロ等) を栽培。元ホテル料理人。自らトラックを塗装し、今年の2月からキッチンカー「PEASANT KITCHEN SÛ (ぺザント キッチン スー) 」という名でスイートポテト等の販売を開始。自分たちの手で「生産・加工・販売」全てが補えるスタイルを模索しながら日々研究を重ねている。

野久保太一郎さん(果物農家)
上秋津にある十秋園 (とあきえん) の5代目園主。30種類の柑橘、梅、キウイ等を栽培。三重県の鈴鹿サーキットに勤務していたが、24歳の時、心境、環境の変化により帰郷。現在では、田辺市の「関係人口」創出のため、都会からの農業体験者を受け入れたり、地元のうなぎ店とタッグを組み「うなぎの骨」を再利用したオリジナル肥料を製造したりと、枠にとらわれない農業スタイルを邁進中。

松下真之さん(みかん農家)
高校卒業後、大阪・和歌山の地元スーパー「松源」に入社し、日常の業務を行いながら社会人野球のチームで活躍。そのあと、和歌山県田辺市の上芳養にある実家、松下農園で家業を手伝っている。農園の経営をされている父親と二人三脚で、みかんや梅の畑作業を勤しんでいる若手農家。



●紀南の地理と農業の特色

藪本:紀南では、みかんの生産が減っているということを聞いたのですが、それは本当なのでしょうか。

松下:そうですね。ほとんどの地域で減っているのではないでしょうか。うちのところも、もともとみかんがメインだったんですけど、梅の方がお金になるし、みかんは手間がかかり梅の方が成長も早いので、植え替えのタイミングで梅に変えています。

鈴木:手間はかかりますよ。世話する期間が長いです。お金になるまで時間がかかる。植えてから10年くらいは安定した収穫はできないですね。

野久保:そうですね。みかんで頑張っている農家が多いから、必然的にみかんをやっています。それでも、2、30年くらい前から梅の方が価格がいいので、暮らしを追い求めて梅栽培をする、という人も増えています。それでも柑橘を作っている人というのは、だんだんプロフェッショナル化していっていますね。秋津野ではみかんをしっかり作っていくのではないでしょうか。

野久保:ぼくが就農したのは22、3年前ですけど、当時はみんな梅か温州みかんと晩柑の数種類だけだったんです。でも、リスク分散のために毎月収入を得られるようにしよう、という話になって種類を増やしたんですよ。
おかげさまでうちでは30何種類かの柑橘を作っているんですけど、毎月収入があるということは、毎月世話をしないといけないし、並行する作業がすごく増えてしまったんですよね。だんだん自分で自分の首を絞めているような感覚がします(笑)。最近はどうしようか悩み中です。種類をまとめて減らしながら、新しい品種を増やしていこうかと。
20年前に植えた温州みかんが、今、主力になってきました。20年以上積み上げてきたものの結果が出てよかったな、といった感じですね。

●みかんの技術伝承

藪本:もうひとつの質問なのですが、「技術伝承」は、どうやって行われているのでしょうか。今回、私がフィールドワークをする中で知ったのは、地域ごとの横のつながりがあまりないな、ということです。
地域ごとにどういう形で伝承されているのか、周りの農家との関係はどうなのか、などが知りたいですね。あまり近づかないようにして技術を守っているのかなとか思ったりするのですが、そのあたりどうでしょうか。独自の技術が受け継がれていると思う反面、あまり交流がなさそうだな、と思うのですが。

野久保:教科書的なことは、農協がやってくれている講習会でだいたい教わります。あとは家庭で父親が師匠になって教えてくれます。あとは自分たちと同じような世代の農協の青年部で勉強会をしますね。
地区を飛び越えて横でつながるというのはなかなかないですね。だから僕も今日の参加者のお三方とも初めて会いましたよ。
土地の違いは大きくて、自分のところの畑の中でも違います。わずか10メートル違うだけでも変わってきますし、木の1本1本が違います。
標高で違いが分かれてくるかな。大坊地区(*)なんかはそれを特徴として利用していますよね。標高が高いから年をまたいで完熟みかんを作っています。
技術じゃないですけど、うちは3年前くらいから自分の土地に合った肥料を作りたくて、地元のうなぎ屋が廃棄しているうなぎの骨を使って、再生肥料をやっています。ただ、肥料ひとつで味が変わるものでもないので、難しいですね。「うなぎの骨を使ったみかん」というブランド化はしたかったんですけど、どうしてもそれが味に出てこないんですよ。まだ3年目で、6、7回肥料をやっただけなんですけど、結果は出にくいですね。土地というのは深いし、難しいです。

(*)大坊地区・・・大坊みかん(おおぼうみかん)は、和歌山県田辺市芳養町(はやちょう)大坊地区(おおぼう ちく)で栽培されるウンシュウミカンのブランドである。その特徴は、他の多くの早生温州が12月までに収穫・出荷を終えてしまうのに対し、木に実を付けたまま熟成させて1月を過ぎてから収穫する点にある。(参考:Wikipedia)

●みかん農家の思考について

藪本:就農されてから植物全体に興味を持つようになりましたか。木や根や土を見るようになったとか。

野久保:そうですね。結果は「みかん」として出来上がるんですけど、「どういうふうに木を育てていこうか」を考えますね。「実」を育てるというよりは「木」を育てる、というように変化しました。
対外評価として「糖」の「~度以上」というブランドが出来上がっているので、「糖度」を追い求めてしまうのは仕方がないところかと思いますね。
ただ、甘いだけじゃなくて、食べたらおいしいというのが大事ですね。
「おいしいみかんを作るために糖度を上げるのか?」
「糖度が高ければおいしいみかんなのか?」というのは、一つの問いですね。
直売では「糖度」を表示してないですね。直売では「あの人のものだから買いたい」「あそこの農園のものだから買いたい」という基準で選ばれていますからね。

鈴木:名前で選ばれますね。

野久保:そうですね。それに対してスーパーでは、「糖度」を基準にしたブランドで選ばれます。直売所では、農園のファンに選んでもらえますからね。

鈴木:やっぱり農園によって少しずつ味が違うんですよね。

野久保:皮の厚さが違うとかね。そこに謎のおいしさが加わるんですよね。

鈴木:そうそう。

藪本:糖度を上げようとすると、樹木に負担がかかるんですよね。マルチを増やしているところを見ると、木をイジメているような感じがするのですが。

鈴木:そうなんですよ。なんだか虐待しているみたいなんですよね。

藪本:甘さを出そうとすると木に負荷がかかって、結局木がもたなくなるのではないか、という気がします。

野久保:その通りですね。

松下:ケアが大事ですね。

野久保:ケアもしてあげないといけないのだけれど、ケアまでしてあげる時間の確保が難しいですね。

藪本:接ぎ木にすごく興味があります。植物は人間とは全然違う存在なんだと感じます。人間は、細胞が移転するので、「接ぎ指」とかできないですよね。でも、植物の場合って、藪本の木に松下がくっついてくる、ということが成り立つわけですよね。

野久保:簡単に品種転換できるので、すごく便利ですね。接ぎ木を早めにやってしまえば、来年、再来年にはそれなりにいい枝になるんですよ。

鈴木:収穫ができるまでが早いです。でも、枯れるのも早くなります。

藪本:あまり人気がなくなってきた品種を差し替えたりするわけですか。

小谷:そうですね。

藪本:その時みかんって、どう思っているんでしょうね。

松下:びっくりしてると思うよ(笑)。

鈴木:前向きに受け止めてくれたらいいですけどね。

野久保:新しい品種をダメな木に差し替えて増やしていけるのでいい技術ですが、問題は寿命が短くなることですね。1回切っているし、根にも多少ダメージがあります。

みかんの新しい可能性

野久保:秋の空にみかんが映えるんですよ。すごくきれいです。木自体は太陽に向かって伸びていて、みかんは木の上に実る果物ですからね。みかんは空と合いますよ。太平洋側は冬でも空が青いですし。

藪本:確かに、西洋の世界ではみかんは「太陽」の象徴として捉えられています。「柑橘類と文明」という本にも書かれていますね。(ヘレナ・アトレー「柑橘類と文明: マフィアを生んだシチリアレモンから、ノーベル賞をとった壊血病薬まで」築地書館、2015)
逆に、みかんを育てられなくなって、技術を他のことに転用しないといけない可能性とかはないでしょうか。

小谷:考えますよ。気温がすごく上がってきていますからね。

鈴木:みかんの日焼けがここ数年ひどいですね。

小谷:木の上のみかんが太陽の光で焦げるんですよ。水分が蒸発して真っ黒になるんです。燃やして焦げる感じとはちょっと違うんですけどね。

野久保:品種改良とかね。今のみかんは昭和30~40年に品種改良してできたみかんです。今の気温に合わせるとしたら、「日焼けに強い」みかんを開発していかないといけないのではないでしょうか。

藪本:そういった技術開発って、自分たちでできるものでしょうか。

野久保:違う品種同士を受粉させて、できたものを植えて結果を見るということを繰り返して、20年くらいかかるでしょうね。

藪本:みかんの山の景観を見ると素晴らしいな、と感じますが、そこはもう当たり前の風景でしょうか。

松下:たまに感じます。どこかから戻ってきたときとかは感じるかな。

野久保:田辺って、海も近いし、紀伊山地もあるし、起伏があるからすごく景色がいいと思います。

藪本:コメント欄の方に質問が来ているようですね。「糖度の話がありましたが、逆に酸味に振り切ったみかんを作れるんですか。甘いみかんより酸味のあるみかんの方が好きなので、酸っぱいみかんを食べたいです。」

野久保:すばらしい!(笑)。品種によっては酸味の高いみかんというのがありますね。それを普通に作るというか、甘味はあっても酸っぱくさせるやり方というのもありますね。

藪本:どうしたらいいのですか。

野久保:水の量を調整します。もともと酸が高いところに水を増やすと、糖度が上がらず相対的に酸っぱく感じるかと。

藪本:水を切ると糖度が上がるので、その反対ということですね。

野久保:けっこう「甘い、甘い戦争」で、酸味があるみかんは淘汰されてきているんですね。逆にそこを求めてくれる人がいれば、昔の品種を復活させることもできます。

藪本:私は八朔が一番好きです。ところで、さっきの理論でいうと、酸味の高いみかんは値段が下がるのでしょうか。

野久保:農協などの市場流通では価格が下がったりしますね。現金を多くもらおうとすれば、糖度の高いみかんを作ることになります。
ただ、酸味が高いものが欲しいという方もいらっしゃるので、そういう方は、直売所巡りをしていただけると、ご自身に合ったみかんが見つかるのではないでしょうか。
そういうのも楽しいと思いますよ。静岡や愛媛、和歌山、佐賀、長崎などの直売所を巡って「私の好きな酸味のあるみかん」を探す旅もおもしろかもしれませんね。

根について

藪本:最後に聞きたいのは、「根」についてです。古事記で熊野は「根の堅州国」と表現されていて、「根」について考えるには最適な場所なんですよね。「根の国」はスサノヲを祀っていると言われているのですが、皆がどのように「根」をとらえているのかを教えてください。
たぶん、剪定の技術とかにもつながっているのではないでしょうか。枝の動きと根の動きはつながっているんですよね。

小谷:枝が伸びたところまでは、根も広がっていますね。

野久保:「土がガチガチやけど、ちゃんとこの下根っこ生えてんのかな」とか、土の固さで根っこを見たりしますね。さっき小谷が言われていたように、木の一番遠い外周の木の枝まで根が広がるので、これをどうやって活かすかな、とか考えますね。夏は気温も高いので、マルチで根っこを守ってあげるやり方もあります。
マルチはストレスをかけて水分を減らす「水分ストレス」という方法に使われてきましたが、最近は夏場にマルチを敷いた方が採光から守れるという使い方もされています。日傘をさしてあげる感覚でしょうか。
野菜なら掘り起こせば土の中のすべてが見れますが、樹木なので、根っこの世界は想像でしか見られません。根っこを見るのは最初に植える時だけですね。もう「土の世界」におまかせです。
畑を耕すことができないので、表層に細かい根っこをふやしていこうとしたら、別の土を乗せていくことになりますね。

藪本:小さい根でも通れるようにということでしょうか。根は横に伸ばすと果実は良くなるのですよね。それはどうしてでしょうか。

野久保:直根(※)ばかり伸ばすと、そこで水ばかり吸うようになってよくないんです。細根が枯れてしまうと、直根ばかりが水を吸うことになります。木は育つのですが、果実としてはよくないですね。

(※)直根・・・種子から初めて真下に伸びた根のことを指す。この根が下に伸びる力で幹は高くかつ太くなる(参照:コトバンク)

鈴木:大きいカチカチの木だけができることになりますね。

生きられた土地


ワークショップとパフォーマンスの複合形態
日時:1996年8月7日(水)- 18 (日)
場所:札幌市内の空き地


概要
ワークショップとパフォーマンスの複合形態〈生きられた土地〉は、廣瀬智央が渡伊後、日本で初めて開催した個展「Una Volta」展(リーセント・ギャラリー、札幌、1996年)の関連企画として、建築家・植田暁とのコラボレーションにより実施された。

1991年頃のバブル崩壊以降、日本各地で顕在化した放置空き地・空き家の問題は、地価高騰と投機熱が冷え込むことで生まれた「都市の余白」である。本企画では、展覧会会場のある札幌市内に点在する多数の放置空き地に着目し、現実に広がるいわば「負の遺産」へと視線を向けた。ここで重要なのは、空き地をバブル崩壊の政治的・経済的な帰結としてのみ断罪するのではなく、都市論的な観点と表現者の視点を交差させながら、「想像力の喪失」「記憶の抹消」「都市の均質化」といった問題群を浮かび上がらせ、批判的に提示した点にある。

会期中の約2週間、放置された空き地に特設のテントサイトが設営され、通行人が立ち寄り、交流できるゲリラ的なコミュニケーションの場が出現した。関係者が寝泊まりしながら24時間運営するその仮設空間には、通りがかりの市民、学生、アート関係者、建築家など、立場の異なる人々が出入りし、昼夜を問わず意見交換やパフォーマンスが行われた。 都市のなかに突然あらわれた「使われていない場所の祝祭的な活用」は、多くの人の目に触れ、強い違和感と同時に、別の公共性の可能性を示した。



〈生きられた土地〉パフォーマンスとワークショップの複合形態が展開した主な問題提起

1)都市の「均質化」と固有性の喪失

バブル期の地上げによって古い路地や歴史的建造物が破壊され、崩壊後にはそれらが「どこにでもあるアスファルトの駐車場」へと置き換わっていく。土地固有のコンテクストが剥奪され、都市が個性を失い、記号化された交換可能なスペースへと転化していくことへの批判が示された。

2)「スクラップ・アンド・ビルド」という強迫観念

建物に時間や愛着が蓄積する前に、経済合理性だけで空間をリセットしてしまう姿勢。空き地は、かつてそこに誰かの生活があったという事実を、逆説的に「記憶の欠落」として可視化する。個展「Una Volta」が記憶や身体性を主題に据えていたこととも呼応しつつ、都市が“死”や断絶(空き地)を隠蔽していくことへの違和感が提示された。

3)所有権による「公共性」の私物化

本来、都市は多様な人々が関わり合うコモンズ(共有地)であるはずだが、放置空き地は「所有者が不明」といった理由によって、市民の利用や関与の可能性を奪われている。経済的価値を失った場所をあえて観察し、使うことで、効率一辺倒の価値観を批判する。24時間開かれた仮設テントでの出来事を祝祭的に展開した点は、その批判をユーモアと実践として提示する試みでもあった。

4)「見えない層」の不可視化

きれいに更地化された空き地は、そこにあったはずの闘争や痛みの歴史を塗りつぶす。華やかな都市像の背後にある空き地の裏側、路上生活者の視点、廃棄物といった周縁に焦点を当て、資本主義が排泄した「ノイズ」をあえて前景化することで、清潔すぎる都市計画の欺瞞を批判した。隙間、遊び、カオス、祝祭性を炙り出すことが、都市の別のリアリティを回復する行為となった。 1996年の〈生きられた土地〉は、今日一般化している「地域/都市に開かれた参加型プロジェクト」が日本で制度化される以前に、都市の空き地を舞台に仮設のサイトを立ち上げ、対話と関係性の生成を通じて都市の均質化や記憶の欠落を批評的に可視化した点で、先駆性と継続性を示す重要な起点として位置づけられるのではないだろうか。その後、東京の佐賀町エキジビット・スペースで開催された「都市とアート」をテーマとする1998年の〈プロジェクトA.P.O.〉、さらに2022年から進行する〈コモンズ農園〉へと、この問題意識を連続させながら、方法論と形を変えながら接続していくことになる。


福津農園 (愛知県新城市)

福津農園は、愛知県新城市中宇利字福津地区に位置する有機農園で、蛇紋岩を基盤とする痩せた土地条件の中で、自然との共存を軸にした農業を長年実践している。植物が育ちにくいとされる厳しい地質環境において、耕起や外部資材への依存を最小限に抑え、不耕起・草生管理・微生物の働きを活かす農法を採用し、収穫を続けながら土壌の豊穣性と健全性を高めてきた。
福津農園の特徴は、農産物の生産にとどまらず、トンボやカエル、鳥類など多様な生き物が生息する豊かな生態系、音や風景といった環境そのものを「農業の外部生産物」として捉えている点にある。これらは農産物の市場価値には加算されないが、地域社会や次世代にとって重要な共有財として機能している。そこでは、農に関わること自体が学びであり、農生態系生物との関係性を編み直すプロセスとして捉えられている。
また、子どもを中心とした体験活動や見学の受け入れを通じて、農作業・遊び・学びが分断されない場を育んできた。落ち葉拾いが鶏を介した肥料循環につながるなど、日常的な関わりの中で自然の循環を体感できる環境が整えられている。現在は研修希望者や見学者が多く、年間を通じて多様な人々が訪れる開かれた農園となっている。
福津農園は、農地の所有を超えて、生態系・学び・関係性を地域と共有する「コモンズ的農業」を実践してきた先行事例であり、百年先を見据えた責任ある農のあり方を、生活と実践の中で示し続けている。
福津農園の実践は、持続可能性を理念として掲げるだけでなく、日々の手仕事の積み重ねによってそれを具体化している点に価値がある。自然に従うことと人が介入することのあいだを慎重に行き来しながら、土地と共に生きる感覚を回復させていく。福津農園は、そのような現代における農の可能性を静かに提示しいる。

2025年3月17日に福津農園代表の松沢政満氏から講義をうける。

農園に実る八朔の木



福津農園 代表 松沢満政氏 講義講義 要約

1.福津という土地が教える「農の時間」
福津農園が位置する福津の土地は、蛇紋岩を基盤とする非常に痩せた地質を持ち、植物の成長が抑えられやすい環境にある。松の木でさえ何十年経っても背丈が伸びないような土地条件は、日本各地の中でも厳しい部類に入る。しかしその中で、偶然にも土が堆積した一角に集落が形成され、福津という土地は長い農村の歴史を刻んできた。
松沢さんは築三百年の家に暮らす農家として、農業を短期的な生産活動としてではなく、百年、二百年という時間軸で捉えるべきだと語る。農業とは、今を生きる世代の利益だけで完結するものではなく、次世代、その先の世代にどのような土地と環境を引き継ぐのかという「責任世代」としての営みである、という考えが講義全体の基調となっている。

納屋で講義を行う松沢氏

2.工業的農業への違和感と、本質への問い直し
福津農園には、自然農法や有機農業、不耕起農法に関心をもつ多くの人が訪れる。研修希望者が後を絶たないため、現在は見学という形での受け入れが中心となり、年間で500人以上が農園を訪れている。そこには、工業的・効率優先の農業に対する理論的な疑問だけでなく、若い世代が直感的に抱く違和感がある。
松沢さん自身は、デジタル技術から距離を置いた生活を選び、「農業とは何か」という根本的な問いを、10年以上にわたる実践の中で考え続けてきた。その到達点として提示されるのが、農業を「人間の生命活動に必要なエネルギーを獲得する営み」と捉え直す視点である。農業を単なる産業や商品生産としてではなく、生命とエネルギーの循環として再定義することで、従来の農法の問題点が明確になるという。

3.耕す農業の限界と、共存共生循環という原理
講義では、耕起や過剰な管理が肥料や外部資材への依存を強め、結果としてエネルギー収支を悪化させてきたことが指摘される。江戸時代以来続いてきた「耕して肥料を入れる農業」は、すでに資源的にも限界に達しているにもかかわらず、その前提が十分に見直されてこなかった。
松沢さんが重視するのは、土を「人間が管理する対象」としてではなく、多様な生き物が共存共生する場として捉えることである。自然界において土は、人間の介入以前から微生物や昆虫、小動物の相互作用によって形成されてきた。人間が過度に耕し、その仕組みを壊すことが、肥料不足や環境負荷の根本原因であるという認識が示される。

福津農園の竹林


4.「安全」は付加価値なのか──有機認証への批判的視点
有機農業をめぐる認証制度についても、松沢さんは鋭い疑問を投げかける。現在の制度では、「安全であること」が付加価値として扱われ、その証明のためのコストと労力を農家が負担している。結果として、有機農産物は高価になり、消費者にも農家にも負担がかかる構造が生まれている。松沢さんは、そもそも食の安全は付加価値ではなく「原則」であるべきだと主張する。安全であることを証明するのではなく、むしろ農薬や化学肥料を使用している場合にこそ、その内容を明示すべきだという視点の転換は、農業と消費の関係を根本から問い直す提案である。

5.子どもと農の現場──遊びとしての学び
福津農園では、子どもを中心とした活動「ホオジロ会」を通じて、農作業と遊びを結びつけた実践が行われている。落ち葉拾いが鶏舎の床材となり、やがて肥料になる循環は、知識として教えるのではなく、体験として自然に理解されていく。
草取りや生き物との触れ合い、食べる体験を通じて、子どもたちはデジタルでは得られない感覚的な学びを獲得する。こうした体験は、将来の有機農業の理解者・支援者を育てる土壌ともなっている。

6.農業の「外部生産」と、地域に開かれた価値
農業の大きな特徴として、松沢さんは「外部生産」という概念を提示する。米や野菜といった主産物だけでなく、トンボやカエル、鳥類、景観や音環境など、農薬を使わない農地では多様な生命と環境価値が同時に生み出される。これらは農家の収入には直接ならないが、地域社会にとっては大きな利益となる。
福津農園では、生態系の回復により蚊が減り、子どもたちが生き物と遊びながら命を体感できる環境が自然に成立している。こうした外部生産は、本来「外部経済」として社会的に評価されるべきであり、税金の使い方も、環境と地域に貢献する農業を支える方向へ転換すべきだと論じられる。

糠をベースのした鶏用の特別な餌

7.共存型農業がもたらす生態系と技術的裏付け
不耕起・草生管理を基本とする福津農園の田畑では、微生物や土壌生物の働きによって、収穫を続けながら土が肥沃化していく。根や生き物が作る無数の孔隙は、雨水を蓄える「ミクロのダム」となり、豪雨でも土壌流出を防ぎ、干ばつにも強い。
これらの実践は、県の農業試験場による調査によって、収量・食味・メタン発生量・生態系の豊かさといったデータとしても裏付けられている。感覚や理念に留まらず、科学的にも成立している点が強調される。

8.農業はデザインであり、責任世代の営みである
松沢さんは、農家を「広大なキャンバスを託されたデザイナー」と表現する。何を植え、どう共存させるかという選択が、環境・地域・次世代の未来を左右する。排除ではなく共存を基盤とした農業は、低コストで持続可能であるだけでなく、人と人、生き物と人をつなぐ関係性を育む。
最終的に講義は、農業とは生産技術の問題ではなく、どのような世界を次世代に手渡すかという倫理と実践の問題である、という認識へと収束する。福津農園での40年にわたる百姓生活は、その具体的な証左として語られた。


8.農業はデザインであり、責任世代の営みである
松沢さんは、農家を「広大なキャンバスを託されたデザイナー」と表現する。何を植え、どう共存させるかという選択が、環境・地域・次世代の未来を左右する。排除ではなく共存を基盤とした農業は、低コストで持続可能であるだけでなく、人と人、生き物と人をつなぐ関係性を育む。
最終的に講義は、農業とは生産技術の問題ではなく、どのような世界を次世代に手渡すかという倫理と実践の問題である、という認識へと収束する。福津農園での40年にわたる百姓生活は、その具体的な証左として語られた。

講義の参加者とともに園地を見て回る


アートプロジェクト・コモンズ農園の文脈から捉える〈福津農園〉の位置づけ

1.完成を目指さない「生成する場」としての農園
〈コモンズ農園〉がアートとして成立する最大の要件は、完成形を提示する作品ではなく、時間の中で生成し続ける場そのものを作品とする点にある。〈福津農園〉は、法的には明確に私有地でありながら、実質的には地域・生態系・子どもたちに開かれた「コモンズ的農園」として長年機能してきた、きわめて先行的な実践例と位置づけられる。
福津農園では、農地の登記上の所有は農家に帰属しているが、そこから生まれる生き物、音、風景、学び、記憶は特定の個人に囲い込まれることなく、地域に開かれている。これは〈コモンズ農園〉が目指す「所有と共有のあいだ」に立ち上がる農の在り方を、すでに現実の時間の中で体現してきた農園だと言える。
不耕起や草生管理により、毎年同じ風景が再現されることはなく、気候変動や生態系の変化に応答しながら、農園の姿は絶えず変化する。この制御不能性を引き受ける態度は、〈コモンズ農園〉が採るアートの立場 —「流動的であること」と深く共鳴する。

2.〈福津農園〉における「外部生産」は、コモンズの生成そのものである
松沢さんが強調する「外部生産」という概念は、〈コモンズ農園〉の核心と深く共鳴している。米や野菜といった主産物だけでなく、トンボやカエル、鳥類、ホタル、音の風景、子どもたちの遊び場といったものが、農業の結果として自然に立ち現れる。これらは市場で売買されず、農家の収入としては直接可視化されないが、地域社会にとっての共有財=コモンズとして機能している。
〈福津農園〉は、長年の実践の積み重ねによって「コモンズが生成してしまった」農園である点に特徴がある。コモンズを制度としてつくるのではなく、農のあり方そのものを変えることで、結果としてコモンズが生まれてしまう —〈福津農園〉はその実例である。しかし、このコモンズ性は数年で成し得た形ではなく、40年という時間が作り出した時間が成し得たコモンズであり、コモンズ農園の今後の展開を示唆している部分が相当にあると考える。

3.子どもと生態系が媒介する「非貨幣的コモンズ」
福津農園で行われている子どもたちの活動(ホオジロ会)は、〈コモンズ農園〉が重視する非貨幣的価値の循環を極めて具体的な形で示している。落ち葉拾いが鶏舎の床材となり、鶏ふんと混ざって肥料になる。その過程に子どもたちの遊びが介在することで、労働・教育・遊び・生態循環が分断されることなく連続している。
ここでは「教える/学ぶ」「生産する/消費する」といった二項対立が解体され、共に関わりながら場が更新されていく関係性が生まれている。この関係性こそが、〈コモンズ農園〉が目指す「生成する場としてのコモンズ」に重なる。
子どもたちは、農園を「施設」として利用するのではなく、農園と共に時間を過ごし、身体を通して世界を知る存在として位置づけられている。福津農園は、コモンズが制度や理念としてではなく、感覚と経験として内面化される場である。

4.不耕起・共存型農業が示す「自然というコモンズ」の回復
福津農園の不耕起・草生管理・微生物循環による農法は、自然を制御対象としてではなく、共同作業者として迎え入れる農業である。
根や微生物、生き物がつくる無数の孔隙が水を蓄え、干ばつや豪雨に耐える仕組みは、農業技術であると同時に、自然の自己組織化能力を尊重する態度の表れでもある。
このような農の在り方は、自然を資源として囲い込むのではなく、自然そのものをコモンズとして回復する実践と捉えられる。〈コモンズ農園〉が構想する「自然と人間の関係性の再設計」は、福津農園においてすでに長い時間をかけて実装されてきた。

5.「責任世代」という時間倫理と、コモンズ農園への示唆
松沢さんが語る「責任世代」という言葉は、〈コモンズ農園〉の時間的射程を拡張する重要な視点である。コモンズとは、同時代の共有にとどまらず、未来世代への引き渡しを前提とした関係性である。福津農園では、百年単位の時間感覚の中で、土地・生態系・人間関係が捉えられている。
この時間倫理は、〈コモンズ農園〉に対しても、「いま場を開くこと」だけでなく、「どのような状態で未完のまま残すのか」という問いを投げかける。福津農園は、完成を目指さず、管理しすぎず、次の世代が関与できる余白を残すことこそが、コモンズを持続させる条件であることを示している。

*本リサーチは、公益財団法人小笠原俊晶記念財団の助成により実施されました。

写真:Tartaruga