地域を識る — 座談会『田辺の文化的景観』

日時:2025年10月18日(土)19:00–20:30
場所:トーワ荘(和歌山県田辺市高雄1丁目2−14)


座談会「田辺の文化的景観」要約

本座談会は、2025年6月のオンライントーク〈みかんダイアローグ vol.8〉で、建築家・植田曉氏から紹介されたイタリアの「テリトーリオ」という概念と、その具体的実践を受けて開催された。その問題意識を引き継ぎながら、テリトーリオの視点をコモンズ農園の理念に重ね合わせ、田辺という地域を軸にしたツアーと座談会を通して、その在り方とプロセスを共有した。

本企画では、アートプロジェクト〈コモンズ農園〉を、「テリトーリオ」と「文化的景観」という視点から捉え直し、田辺・上秋津の歴史、風景の変化、そこに生きる人々の営みを通して、その可能性を考えた。昼には上秋津を歩くツアー〈地域を識る—ツアー「田辺のテリトーリオを巡る」〉が行われ、夜の座談会では、植田曉、廣瀬智央、下田学に加え、地域で暮らす岩佐郁、問山美海も参加し、地域の風景と生活の関係が多角的に論じられた。

建築家 植田暁氏

その視点から見ると、上秋津はすでに豊かな素材を備えた土地である。ツアーを通じて植田が注目したのは、集落を支えてきた水路網、江戸末期以降に広がったみかん栽培、かつての桑畑、斜面の石垣、段畑、そして十の集落と新しい集落の境界を示す地蔵などである。1970年代と現在の航空写真を比べると、新たな住宅地の出現など風景の変化も明らかだが、それは衰退の証ではなく、変化をどう受け止め、地域の力へ還元するかという問いを投げかけるものである。植田は、上秋津にも最小限の自給自足単位としてのテリトーリオがあり、さらにそれが入れ子状に広い地域や伝承へつながっていると指摘した。

続いて、岩佐と問山が、田辺に外から戻ってきた者、あるいは外から移り住んだ者としての実感を語った。問山は、未舗装の道に広がる梅畑や秋津野ガルテンの風景に農村らしさを見いだし、地域には趣味のグループやガルテンを軸とした緩やかなつながりがあると述べた。岩佐は、川沿いでカワセミに出会う散歩道や、近所同士の野菜のやり取りを挙げ、日常のなかに人と自然の近さがあると語った。また、草刈り、野焼き、溝掃除といった共同作業が、かつての厳しい共同体の名残をとどめながら、いまも景観を支えていることが確認された。一方で、みかん畑が梅へ転換されていることや、護岸工事、宅地造成など、風景が静かに変わりつつある現実も共有された。

問山氏
岩佐氏

廣瀬は、〈コモンズ農園〉を農作物の生産だけを目的とした農園ではなく、異なる立場の人々が出会い、関係を育てる「フォーム(受け皿)」だと説明した。出発点は、みかんを使った作品展示の構想だったが、単に果実を買って使い捨てるのではなく、自分たちでみかんを育て、その長い時間そのものを作品化したいと考えたことから、苗木を育て、人が集まり、対話し、変化を共有するプロジェクトへと変わっていった。土地探しに3年を要し、ようやく岩佐の家の農地を借りて植樹の段階に入ったが、その準備期間自体がすでに関係を耕す時間だったという。廣瀬はこれを「時間を耕す」と呼び、成果や効率を急ぐ現代社会に対して、アートはむしろ時間をかけることで見えてくる価値を開くものだと述べた。

また、コモンズ農園で育てるみかんについても、効率や大量生産を目指すのではなく、この土地の無農薬の履歴や、女性たちが代々守ってきた農地の物語、多品種栽培の可能性などを尊重したいと語った。重要なのは、最初から目標を固定しすぎないこと、状況や変化に応じて柔軟に進むこと、そしてその過程を面白がることである。むしろ多くの人を集めることよりも、少人数でも深く体験できる「謎の場所」として存在するほうが、この農園にはふさわしいという見通しも示された。

プレゼン参考資料 <ppt図版10「継承している人々」>

質疑では、地域住民と新住民、外部の来訪者とのあいだで、風景の「見え方」が異なることが大きな課題として提起された。農道や水路、地蔵などは、地域の人にとっては管理と労力の積み重ねによって成り立つ構造物だが、新たに来た人には自然物のように見えてしまう。そのズレをどう埋めるかに対し、下田は、同じ「みかん」や「上秋津」という言葉でも立場によって意味が異なることを可視化し、別のかたちに翻訳するのがアートの役割ではないかと応じた。植田もまた、地域資源を未来へつなぐには、行政・住民・NPO・教育が対話を重ねながら、子どもたちに愛着と記憶を残していく道筋を作ることが重要だと述べた。

全体を通じて本座談会は、コモンズ農園を単独の農園やアート作品としてではなく、営農、対話、地域の再認識、将来的な事業や教育への広がりを重ね合わせる「小さなテリトーリオ」として位置づけた。田辺の文化的景観を読み解きながら、その未来をつくるための試行として、コモンズ農園が象徴的な役割を担いうることが、参加者のあいだで共有された。

みかんダイアローグvol.8 地域を識る — 座談会『田辺の文化的景観』 (KINAN ART WEEK)

*この座談会は公益財団法人小笠原敏晶記念財団の助成により行われました。

写真:下田学

小田原文化財団江之浦測候所/ 農業法人株式会社植物と人間(神奈川県小田原市江之浦)


小田原文化財団は、現代美術作家・杉本博司氏によって設立された文化財団であり、芸術・建築・自然・歴史を横断しながら、長い時間軸のなかで文化を生成し続けるための基盤づくりを目的としている。その中心的な活動拠点が、神奈川県小田原市江之浦に位置する江之浦測候所である。


江之浦測候所は、美術館や展示施設という枠を超え、相模湾を望む段丘地形と農地、建築、石造構築物、遊歩道を含む敷地全体を用いて、古代から現代へと連なる時間意識や自然観を体験的に問い直す文化空間として構想されている。ここでは鑑賞者は作品を「見る者」ではなく、風景を歩き、季節や光の移ろいを身体で受け取る存在として位置づけられる。


この空間を支える重要な要素が、周辺農地を管理・運営する農業法人、株式会社「植物と人間」である。同社は、耕作放棄地や柑橘畑を引き継ぎ、農薬不使用・非生産主義的な農業を通じて、農地を単なる背景や資源ではなく、生きた時間を刻む景観として維持・更新している。農業は管理や制御ではなく、自然の変化に応答し続ける実践として位置づけられ、江之浦測候所の建築思想と不可分に結びついている。


三者は、理念を担う財団、空間を体験として提示する江之浦測候所、生業として土地と関わり続ける農業という役割を分担しながら、芸術と自然、人間の営みを切り離さない文化的実験場を形成している。江之浦測候所は完成された施設ではなく、時間とともに生成し続ける〈場〉として、現代における新たな文化的トポスのあり方を提示している。

農業法人 株式会社「植物と人間」の責任者である、磯﨑洋才氏にヒアリングを実施した。

江之浦測候所入り口にある「甘柑山」の看板

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磯﨑洋才氏へヒアリング要約
1.関与の経緯と立場
磯﨑洋才氏は建築家として江之浦測候所の設計・現場監理に初期から関わり、2018年に農業法人「株式会社 植物と人間」に入社した。江之浦測候所の開設(2017年)に伴い、周辺のみかん畑や耕作放棄地が景観上重要であることから、2011年に農業法人が設立され、測候所と不可分のプロジェクトとして農地の取得と管理が進められてきた。

2.農業法人「植物と人間」の基本コンセプト
法人名の通り、「植物と人間の共生」が根本理念であり、生産性や産業性を第一目的とする農業ではない。みかん畑は「甘橘山」として、アート・建築と連続する景観の一部と位置づけられ、自然のあり方を尊重した非人間中心的な農業を目指している。農薬不使用栽培は当初からの合意事項であり、反対意見はなかった。

絶景の江之浦測候所内の斜面に広がるみかんの木

3.土地・樹木の継承と再編
取得した農地は複数の元所有者から引き継がれ、状態も様々だった。老木や耕作放棄地が多く、農薬不使用・無化学肥料への転換により、従来の樹木の8~9割が枯死し、現在の柑橘の多くは新たに定植したものである。現在は200~300本弱の柑橘樹があり、毎年20~30本ずつ段階的に植え替え・追加を行っている。

4.栽培方法と品種選定
栽培品種は30種以上に及び、品種選定は磯﨑氏がディレクションを担う。基準は「景観」よりも「土地に合うかどうか」であり、水はけ、斜面の向き、標高、微地形といった条件と、かつての農家の知恵を継承する形で配置されている。高所から低所へと収穫時期が連なるよう、品種の熟期も考慮されている。

新たしく植えられたみかんの木

5.無農薬農業の困難と実践
農薬不使用での栽培は労力が大きく、雑草管理や病害対応には剪定や手作業で対処している。農業に関してはスタッフの多くが未経験者であり、特定の指導者に依存せず、地域の農家に助言を求めつつ、実践を通じた試行錯誤を重ねている。景観を重視し、樹形の美しさや見苦しさを基準に剪定を判断する点も特徴である。

6.建築・景観との連動
農地管理は江之浦測候所の来館動線、開館時間、イベントと密接に関係している。草刈りなどの作業は休館日(火・水)や早朝に集中させ、来館者体験を優先して調整されている。石垣や遊歩道、階段などの整備は杉本博司氏の意図をもとに磯﨑氏が図面化し、職人と協働しながら、その場で判断し変化し続ける形で進められている。

斜面下に広がる江之浦

7.農業を通じた意識の変化
農業に携わることで、磯﨑氏自身の食への意識や自然観は大きく変化した。農薬散布の現場を目の当たりにした経験から、流通や「きれいな農産物」への違和感を抱くようになり、見た目よりも安全性と循環を重視する価値観へと転換した。農薬不使用であるがゆえに、果実や皮の活用幅が広がり、加工品やカフェでの活用、陳皮、将来的な蒸留なども模索されている。

8.自然との対峙と受容
台風による倒木や獣害(イノシシなど)は避けられない問題であり、「どうにもならないことを受け入れる」姿勢が自然との共生の核心として語られる。一方で、問題は地域との新たな関係を生み、狩猟者との出会いなど、人的ネットワークの拡張にもつながっている。

9.運営体制と経営
農作業は主に火・水曜日に行われ、アルバイト3名と弊社スタッフを含む約5名体制で運営されている。株式会社である以上、黒字経営は必須であり、現在は小規模ながら黒字化を達成している。規模拡大には慎重で、収益性・人員・管理能力のバランスを重視している。

10.今後の展望
将来的には、加工品開発や周辺農家の柑橘を高く買い取り活用する仕組みを構想し、地域農業の持続可能性に寄与する可能性を探っている。また、2028年にオープン予定の宿泊施設の計画も進行中で、農業・建築・文化活動がより重層的に結びつく展開が予定されている。

100メートルギャラリー《夏至光遥拝》
東西に軸を置き、海へとせり出すコールテン鋼の《冬至光遥拝隧道》の入り口


〈植物と人間〉から考えるコモンズ農園

杉本博司氏の江之浦測候所は、単なる美術館でも庭園でもなく、時間を空間として体験させる装置である。古代から現代へと連なる天文学的時間、石や光が蓄えてきた地質学的時間、人間の身体がその場に立つことで感受する瞬間の時間。それらを一つの構造体として編み上げることで、杉本氏は「時間を測る」場を創出した。その思想的基盤の上に位置づけられる農業法人〈植物と人間〉の実践は、江之浦測候所の世界観を地面のレベルで具体化する営みだと言える。

〈植物と人間〉が示す重要な示唆は、農業を「管理」ではなく「応答」の行為として捉えている点にある。農薬不使用・非効率・手探りという選択は、理念的なオーガニック主義ではなく、自然の変化や偶然に身を開き続ける態度の表明である。台風や獣害、病といった出来事を排除すべき障害とみなさず、次の判断へとつなぐ契機として受け入れる姿勢は、コモンズ農園の完成を目指さないプロセスとしてのアートと深く共鳴する。ここでは農業そのものが、時間の中で生成し続ける作品となっている。

また、景観を視覚的な美へと還元せず、地形、水、石垣、職人の身体、来訪者の動線といった多層的要素の交差として捉える点も重要である。複数の時間と主体が折り重なって形成される景観は、共有されるコモンズとしての空間であり、そこでは植物の配置や収穫のリズムが土地の構造と結びつきながら、ひとつの空間的記述を形づくる。さらに、株式会社として黒字化を前提に運営される点は、理想と生業の緊張関係を正面から引き受ける実践として、コモンズの持続可能性を具体的に示している。

この実践から、コモンズ農園が学び得る未来像は明確である。第一に、農を思想の付帯物ではなく、プロジェクトの中核に据えること。農業が展示やイベントを支える背景ではなく、場の哲学を体現する身体的行為として機能するとき、農園は単なる生産地ではなく、時間と倫理を耕す装置となる。第二に、経済と理想を切り離さず、資源循環や加工、販売を含めた実践の中で自律性を確保すること。理念だけでは持続しないという現実を受け入れつつ、その内部で新しい価値を生成する構造を模索する必要がある。第三に、地域との摩擦や対話を避けず、関係性の更新そのものをプロジェクトの一部として引き受けることである。

しかし同時に、コモンズ農園の独自性は江之浦とは異なる方向にある。江之浦測候所が杉本氏の強固な美学的ビジョンを中心に据え、そこから農を編み込んでいくのに対し、コモンズ農園はより未分化で、複数の主体が交差する「フォーム」として構想されている。完成された構造体の中に農が位置づくのではなく、農そのものが対話の起点となり、異なる立場や思考を持つ人々が出入りしながら関係を編み直していく。その開放性と流動性にこそ特質がある。

さらに、コモンズ農園は十年後の「みかんの展覧会」という長期的時間軸を掲げている点でも独自である。それは単なる収穫の成果発表ではなく、植物の成長、人間関係の変化、地域の記憶の蓄積を含んだ総体的な時間の提示となるはずだ。江之浦浦測候所が宇宙的時間を石と建築によって定着させるのに対し、コモンズ農園はより可変的で、生きられた時間を媒介に共同体を編成し直す試みである。 〈植物と人間〉が示す「応答としての農」は、コモンズ農園にとって大きな参照軸となる。しかしコモンズ農園の未来像は、それを踏まえつつ、より関係論的で、未完成で、参加者とともに生成し続ける場として展開していく点にある。農業であり、アートであり、対話のプラットフォームでもあるその在り方は、管理でも支配でもない「共に生きる形式」を模索する実験として、独自の地平を切り開いていくと考える。

*本リサーチは、公益財団法人小笠原俊晶記念財団の助成により実施されました。

写真:Tartaruga

エコネットみなまた(熊本県水俣市)


エコネットみなまたは、水俣病の経験と教訓を基盤に、環境と共生する地域社会の実現を目指して活動する団体である。水俣の自然再生や環境保全、資源循環の取り組みを進めるとともに、地元で生まれた安全・安心な産品の企画開発や販売を通じて、持続可能な地域経済の構築に貢献している。環境配慮型の商品やリユース・リサイクルの実践を広めることで、日常生活の中から環境問題を考える機会を創出している点が特徴である。また、水俣病の歴史と向き合いながら、その教訓を国内外へ発信し、環境教育や視察の受け入れなども行っている。被害の記憶を風化させることなく、地域の誇りへと転換し、未来志向のまちづくりへとつなげることを理念としている。自然・人・経済の循環を重視し、小さな実践の積み重ねから社会全体の価値観の転換を促す存在である。

さらにエコネットみなまたは、2023年10月より社会福祉法人くまもと障害者労働センターの事業として新たな歩みを開始した。この体制のもと、障がいのある人もない人も共に働くことのできる場づくりを進めている。障がいのある人々を福祉の対象としてではなく、地域社会を支える「働き手」として積極的に受け入れている点は、同団体の重要な特徴である。環境活動と福祉の実践を分けて考えるのではなく、地域の中で共に働き、共に生活を支える関係を築くことを通じて、持続可能な社会の具体的な姿を示している。

2025年10月25日にエコネットみなまたを訪問した。

〈エコネットみなまた〉から考えるコモンズ農園の実践

エコネットみなまたの活動は、水俣病という深い痛みの経験を出発点にしながら、その記憶を単なる被害の歴史としてではなく、未来へ向けた倫理と実践へと転換しようとする点に特徴がある。環境負荷の少ない商品開発や資源循環の仕組みづくり、地域資源の再評価と発信は、経済活動と環境思想を分断せず、生活の中に組み込んでいく試みである。この姿勢は、田辺市で〈コモンズ農園〉を進め、10年後の「みかんの展覧会」を目指しながら「農園という名のフォーム」を育てている〈コモンズ農園〉の実践にとって、多くの示唆を与える。

第一に学ぶべきは、「記憶を共有財へと変換する方法」である。エコネットみなまたは、水俣病の教訓を地域固有の悲劇として閉じ込めるのではなく、環境問題全体への問いとして社会に開いてきた。そこでは過去の出来事が倫理的資源として現在に働きかける。コモンズ農園においても、土地の履歴や地域の時間を掘り起こし、それを単なる背景としてではなく、参加者が思考を深めるための基盤へと転換していくことが求められる。農園は農作物の生産地であると同時に、記憶や関係性が耕される場であるという自覚が、より強く意識されうる。

第二に、環境と経済の接続の仕方である。エコネットみなまたは理念だけでなく、商品流通や販売という具体的な回路を持ち、思想を日常生活のレベルにまで降ろしている。思想が生活の実践に結びつくことで、持続可能性は単なる抽象概念ではなく、具体的な営みとして社会の中に根付いていく。コモンズ農園においても、みかんの栽培や販売、収穫体験、対話やワークショップなどの活動は、単なるイベントではなく思想の実装として位置づけられる。農園で生まれる小さな循環が、地域社会の価値観の更新へとつながる回路をどのように設計していくのかが重要な課題となる。

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さらに重要なのは、エコネットみなまたが環境活動と同時に、社会的包摂の実践を担っている点である。

2023年10月より同団体は社会福祉法人くまもと障害者労働センターの事業として新たな歩みを開始し、障がいのある人もない人も共に働くことのできる場を地域の中に築いてきた。ここでは障がいのある人々が福祉の対象としてではなく、地域社会を支える働き手として受け入れられている。この姿勢は、コモンズという概念を具体的な社会関係として体現する重要な実践である。コモンズとは単に共有される資源を意味するのではなく、異なる立場や条件をもつ人々が共に関わり、働き、関係を築くことで維持される社会的な場でもあるからである。

この視点は、コモンズ農園の実践を考える上でも大きな示唆を与える。農園という場は、農業の生産現場であると同時に、人々が関わり合いながら関係性を編み直す社会的空間でもある。そこでは、専門家や農家、地域住民、子ども、訪問者など、多様な立場の人々が関わる可能性が開かれている。エコネットみなまたの実践が示すように、異なる身体や条件をもつ人々が共に働くことのできる環境を整えることは、コモンズの具体的な実践の一つの形である。農園の作業や収穫の時間、植物と向き合う身体的な経験は、人と人の違いを超えて共有されうる営みでもある。

第三に、被害と責任の問題を曖昧にしない姿勢である。水俣の経験は、自然と人間の関係が経済合理性の名のもとに破壊されうることを示した。コモンズ農園が自然を扱う以上、アートが農や土地に関わることの危うさもまた自覚されなければならない。自然を美的対象として消費するのではなく、他者としての自然とどのように関わるか。その倫理的態度は、エコネットみなまたの実践から多くを学ぶことができる。

さらに、エコネットみなまたの活動は、環境を「問題」としてではなく「関係」として捉え直す視点を示している。環境とは外在的な対象ではなく、生活や身体の延長にあるものであるという理解である。この視点は、私が関心を寄せてきたピュシス的自然観や身体論とも響き合う。農園は単なる場所ではなく、異なる立場や感覚が交差する場として再定義される。みかんの木を育てる時間、香りや触覚を通じて立ち上がる感覚の世界は、人と自然の境界を揺さぶる経験となる。

コモンズ農園にとって重要なのは、エコネットみなまたのように、理念と実践、記憶と未来、環境と経済、そして人と人との関係を分断しない構えを持つことである。農園という「フォーム」は未完成であるがゆえに、関わる人々の思考と行為によって更新され続ける。その過程そのものが、地域社会における新しい公共性の実験となる。エコネットみなまたの歩みは、痛みの歴史を抱えながらも前に進む姿勢を示している。コモンズ農園もまた、みかんを育てるという時間の芸術を通じて、人と自然、人と人とが共に関わるコモンズの場を静かに育てていく実践となりうるだろう。

*本リサーチは、公益財団法人小笠原俊晶記念財団の助成により実施されました。

写真:Tartaruga

みやざき農園 (和歌山県田辺市大坊)

みやざき農園は、和歌山県田辺市大坊地区の高地に位置する柑橘農園で、地域の地形と気候条件を活かした独自の栽培を行っている。大坊エリアは標高約300メートルの南向き斜面に広がり、日照条件に恵まれ、水はけと風通しが良いことから、柑橘栽培に適した環境を備えている。みやざき農園では、こうした自然条件を最大限に活かし、果実を木に成らせたまま越冬させる抑制栽培による「越冬木熟大坊みかん」を主力品目としている。

一般的な温州みかんが12月から1月にかけて収穫されるのに対し、同農園では12月から出荷を開始しつつ、1月、2月、条件が整えば3月頃まで樹上で熟成させる。200日以上の木成り期間によって糖度が高まり、濃厚な甘さとコクのある味わいが生まれる点が特徴であり、「大坊みかん」として地域のローカルブランド形成にも寄与している。

園主の宮﨑元樹氏は、家業の農業を継承して約14年にわたり柑橘栽培に従事してきた。JA紀南青年部部長を務めた経験や柑橘ソムリエの資格取得などを通じて、地域農業の現状を内外に伝える役割も担っている。また、若手農家とともに鳥獣害対策に取り組む「ないがしろ団」を立ち上げ、YouTubeによる情報発信などを通じて地域課題の可視化にも力を注いでいる。みやざき農園は、園主の実践と発信を通じて、自然・時間・人の関係を丁寧に編み直しながら、持続可能な農業のあり方を模索し続けている農園である。

みやざき農園にて宮崎元樹氏ご夫婦にインタビューを実施した。

みかんの手入れする宮崎氏

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〈みやざき農園〉園主・宮崎元樹氏 インタビュー 要約

1. 地域と生産の特徴―木熟みかんという戦略
〈みやざき農園〉の最大の特徴は、樹上で果実を熟成させる「木熟みかん」の栽培にある。一般的な早生温州みかんが12月前後に出荷されるのに対し、同農園では果実を木に成らせたまま越冬させ、1~2月、状況によっては3月まで出荷を延ばす。これは、他産地との真正面の競合を避け、季節性と味の深みを価値に転換する差別化方針である。
この取り組みは現当主の代に始まったものではなく、先代の代から継続されてきたものであり、結果として地域オリジナリティを形成してきた。ブランド化そのものを目的とするのではなく、「待つ時間」や冬季ならではの味わいを重視する姿勢が、「おぼんみかん」といった地域ブランドの維持・強化につながっている。

2.ビジョンと発信方
直販と対話の重視宮崎氏が強調するのは、生産者と消費者の距離を縮めることの重要性である。農協流通を基盤としつつも、そこでは得にくい「生の声」を重視し、個人販売や直接対話の拡充を模索している。「人と繋ぐみかんの絆」「みかんで人と繋がっていきたい」という言葉に象徴されるように、果実そのものだけでなく、背景やプロセスを含めた関係性の構築を志向している。
情報発信の面では、YouTubeを中心とした発信実績と意欲があり、活動ロゴを用いたTシャツや帽子など、可視的な取り組みも進んでいる。地域の若手有志による団体活動とも親和性が高く、コモンズ農園の対外メッセージ形成において重要な基盤となり得る。

宮崎ご夫婦へのインタビューの様子


3.気候変動の影響とリスク対応
近年の気候変動は、生産現場に明確な影響を及ぼしている。冬季に暖かい雨が降ることで果実の腐敗リスクが高まり、これまで積雪が少なかった海沿い地域でも、ここ5~6年は毎年のように雪害が発生している。
木熟みかんという栽培方針は、こうした変化の影響を受けやすい。
これに対し、〈みやざき農園〉では高酸度(酸味を残す)栽培によって腐敗耐性を高め、前倒し出荷ではなく「腐らない工夫」によってブランドを維持する方針を取っている。また、バナナなど新規作物の試行を「遊び心」を持って行うなど、環境変化への適応と多角化を並行して進めている点が特徴である。

大坊地区からの絶景

4.労働力と住み込み構想
労働力確保は大きな課題である。平時は近隣住民(高齢化傾向)に支えられ、繁忙期は同世代の若手がスポットで支援しているが、いずれも継続性には不確実性がある。突発的な欠員リスクも高い。
その対策として、空き家を活用した住み込み就労の構想が共有された。大学生等を対象に、就労・学び・生活支援を一体化した仕組みを整えることで、人材確保と地域経済(家賃収入等)の双方にプラスとなる可能性がある。一方で、当該地区は空き家が少なく、先祖代々の所有観から外部提供に慎重な文化があり、耕作放棄地問題とも絡んで実現のハードルは高い。宮崎さんは、農家社会の封鎖性を自覚し、世代交代と横の連携によって変革の可能性を見出している。

大坊地区に残る先人たちが築いた石垣

5. コミュニティ連携と横のつながり
地域連携の具体例として、若手7名で結成された「ないがしろ団」の活動が挙げられる。鳥獣害対策という切実な課題を起点に、作り方のオープン化や横の連携が進んでいる。一方で、同地区内でも畑訪問には文化的ハードルがあり、名前や圃場を知っていても直接訪問は少ないのが実情である。
JA紀南青年部での経験を踏まえ、地区間交流や見学・対話の機会をコモンズ農園が橋渡しすることへの期待が示された。

地域の青年団で結成した害獣対応チーム<ないがしろ団>のTシャツ

6. 販路・農協をめぐる考え方
宮崎氏は農協の役割を現実的に評価している。規格外や低等級を含め「一粒でも売りたい」という生産者ニーズに応える受け皿であり、危機時のセーフティネットとして不可欠である。一方で、直販によって顧客の声を取り込み、価値を伝える必要性も強く認識している。
農薬についても、「農薬=不可」という単純化は実態と乖離しており、安全性や適正使用の現実を丁寧に伝える必要があるとの認識が共有された。今後は直販と農協を併用するハイブリッドな販路設計が検討課題となる。

7.今後の方向性
本インタビューを通じて、対外メッセージとして「みかんが人をつなぐためのプロジェクト」を用いて発信していく方針で合意した。インタビューの継続収集とアーカイブ化・映像化を進めること、地区内外の交流・見学機会の創出にコモンズ農園が関与する方向性も再確認された。一方で、気候変動、労働力、空き家、販路設計といったリスクと課題は引き続き検討が必要である。

大坊みかんの特質について語る宮崎氏

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〈みやざき農園〉から考えるコモンズ農園

〈みやざき農園〉が〈コモンズ農園〉にとって重要な参照点となるのは、理念や思想の一致においてではなく、日々の判断や運用ににじみ出る「実践の構え」にある。そこには、農園を完成されたモデルとして提示するのではなく、揺らぎや未決定を抱えたまま運営し続けるための、現実的で持続的な態度が見て取れる。

〈みやざき農園〉の「木熟みかん」は、結果としてブランド化しているが、当初からブランド形成を目的とした戦略ではなかった。地域の自然条件、市場環境、家業の継続性といった複数の要因に応答するなかで選ばれてきた判断の積み重ねであり、暫定的な選択が時間をかけて定着したものである。この姿勢は、完成を前提とせずに運用を続けるコモンズ農園にとって、長期的なプロジェクトの時間設計における実践的な指針となる。

〈みやざき農園〉では強い理念よりも「判断の履歴」が共有されている点が重要である。なぜ収穫時期を遅らせたのか、なぜ農協を完全に離れないのか、なぜ直販を段階的に考えるのか—これらは思想として語られるのではなく、具体的な状況判断の連なりとして説明される。〈コモンズ農園〉においても、参加者や関係者が入れ替わるなかで重要になるのは、同じ理念を共有することより、判断に至った文脈を共有できることであり、その意味でみやざき農園は、運用可能な共有モデルを提示している。

地域との関わり方において、〈みやざき農園〉は「地域」を目的化しない。若手農家による「ないがしろ団」は、地域活性化を掲げるのではなく、鳥獣害という具体的で切実な問題への対処から始まっている。その結果として、人と人の関係性や情報共有が立ち上がっている点に特徴がある。これは、抽象的な「地域連携」を構想するのではなく、共有せざるを得ない課題から関係が生まれるという、〈コモンズ農園〉にとって極めて実践的な示唆を与える。

外部への開き方における慎重さも重要である。〈みやざき農園〉はYouTubeなどの発信を行っているが、可視化や拡張を急がない。内部の納得や地域の信頼関係を優先し、その範囲でのみ外に開く。この姿勢は、アートや研究、教育など複数の文脈に接続していく〈コモンズ農園〉にとって、公開性と内部の持続性のバランスを考えるうえで、現実的な参照点となる。 最後に、環境変化への向き合い方である。気候変動を外的な危機として語るのではなく、酸味を残す栽培や新作物への試行など、小さな応答の積み重ねとして引き受けている点は重要である。大きな倫理的主張に回収せず、日々の選択として環境と関わる態度は、〈コモンズ農園〉が環境問題を扱う際の表現や実践のあり方に示唆を与える。〈コモンズ農園〉が長期的に成熟していくために必要なのは、このような「続け方」の知であり、その意味で〈みやざき農園〉の実践は参照点のひとつである。

写真:Tartaruga、下田学

「みかんの​右と​左」​参加者調査


2024年に住友と東京藝術大学大学院のゼミ生は研究助成金を得て、コモンズ農園プロジェクトに参加している人たちに聞き取りを行い、アートプロジェクトに参加する経験について調査をおこないました。聞き取り対象者は、まだ農地がない状態の助走段階で実施してきたワークショップに参加した人たちや、協力してくれている農家さんたち、あるいはスタッフとして参加している人たちです。

これはプロジェクトを継続していくために、実施してきたことを振り返り、まだ目に見える成果がないアートプロジェクトに参加する経験を理解するためにおこなわれました。結論としては、こうしたプロジェクトは普段はなかなか⾔語化できない経験を見つめ、あえて語り出す機会をつくり、さらにそれが聞かれる機会を増やしていると考えました。それは、⽇常の経験とも絡み合うことで個⼈の内⾯を形成するアイデンティティや⽂化と深く結びつき、 それをリフレクシヴに 「語りなおす」 ことであり、それが他者への共感を⽰す機会を作り出すことに参加の意義があるのではないかと私たちは考えました。

調査の詳細は以下の報告レポートに記しているほか、取材で語られた⾔葉、そして詩の⾔葉を写真と一緒に掲載したフォトブック 『みかんの右と左《コモンズ農園プロジェクト》の参加経験調査』を作成した。

鑑賞者研究ノート:⽇常の経験と連続する鑑賞/参加(住友文彦)

Notes on Audience Study: CONTINUITY BETWEEN EVERYDAY EXPERIENCE AND PARTICIPATION (SUMITOMO Fumihiko)  [coming soon]

粘土団子の旅(ワークショップ)


紀南アートウィーク2024「いごくたまる、またいごく」
ワークショップ「粘土団子の旅」
日時:2024年9月28日(土)
会場:SOUZOU(和歌山県田辺市中屋敷町70)


午前中に「粘土団子作り」を行い、午後には実際に柑橘畑に行き「極早生みかんの収穫」を行う一日体験のワークショップ

午前(9:00~12:00)
粘土団子作りは、「不耕起 無肥料 無除草」を特徴とする福岡正信流の自然農法を体現化した「粘土団子」からインスピレーションを受けてデザインされたワークショップです。数種類の野菜や花などの種を粘土と混ぜて団子を作り、畑に撒いて放置します。その団子の中に練り込まれた種は、自然の環境状態を察して発芽します。福岡正信氏の思想と農業の実践は、我々のコモンズ農園の大きなヒントになると考え、参加者と共にこの体験を共有していただきました。

昼食(12:00~13:30)
コモンズ農園や粘土団子、みかんなどについてお話をしながらSOUZOUのランチをいただきました。

午後(14:30~16:00)
地元の柑橘農園、尖農園を実際に訪問し、参加者の皆さまと一緒に土に触れ、農園の空気を体感しながら、極早生みかんの収穫体験を行いました。

<みかんの旅 >展

長野県立美術館 <みかんの旅 >展
期間:2023年11月3日(金・祝)~2024年2月12日(月・祝)
主催:長野県、長野県立美術館
協力:アウラ現代藝術振興財団、小山登美夫ギャラリー、和歌山県紀南みかん農園

長野県立美術館・アートラボでの展示では、におい(嗅覚)とみかんをテーマに、展覧会『みか んの旅』と、現在も進行中のアート・プロジェクト「コモンズ農園」を往還しながら、諸感覚が もつ豊かさをあらためて捉え直し、新しい価値観の創出や、精神的な豊かさを回復するためのヒ ントを探りました。 人間がもつ原初的な感覚は本来豊かなものである一方、現代の日常生活では、身体的感覚を実感 する機会が少なくなっています。
展覧会では、自己を取り巻く環境や世界と向き合う際に、言葉になる以前の未分化な身体感覚をもう一度積極的に取り戻すことが、日常のレベルでも新たな経験 の獲得につながり、生きるうえでの豊かさへと結びつく可能性を示しました。 また、地球の生態系の危機や、私たち人間の生の基盤が揺らぐ状況のなかで、「いま、私たちはど のように世界と接続し、来るべき未来のリアリティを紡いでいくのか」という問いが立ち上がって きました。 そうした問いを、さまざまな人々が交流しながら考えていく場として構想されたのが「コモンズ 農園」です。
「コモンズ農園」は、農作物を収穫する場であると同時に、自由な共有資源(モノ・ 知)を収穫し、よりよく生きるための知恵を見いだす場所として、機能していく予定です。『みかんの旅』展の会場には、近い将来オープンするとされた「コモンズ農園」の未来像を想像 するための要素が空間として構成されました。また、関連企画として、ワークショップ<いちどた めしてごらん>、<メイルプロジェクト016>も行われました。

みかんの旅ー観察ノート PDF

アートプロジェクト〈コモンズ農園〉ハンドアウト(2023年10月15日発行) PDF

いちどためしてごらん


ワークショップ「いちどためしてごらん」(2023年10月22日 秋津野ガルテン)
紀南アートウィーク2023 「みかんかく」


【第一部】視覚と触覚
作品、いちど試してごらん(1992)の制作プロセスを追体験していただき、視覚以外の身体感覚をフル動員させながら実体験することで、知覚の曖昧さや感覚の豊かさ、視覚のみに頼らない感覚のあり方を考察します。

【第二部】視覚と嗅覚
匂いは拡散してく特性があるため、感覚の中でも特に嗅覚は他の感覚器官に比べて主観的で性差や個人差も大きくなります。そこで、実際に視覚を遮断し嗅覚のみによる体験をしていきます。みかんの香りをテーマにこの感覚を研ぎ澄ます体験を行いながら、嗅覚における自他が混じり合うような特徴を体験できるようなワークショップです。


未来の「コモンズ農園」を共同でつくるワークショップ 

私たちは同じものを見ているようで、それぞれ見ているものは違う。感じ方も違う。個人の記憶や経験がさまざまに作用し、同じ出来事を別のものとして捉えていることがある。ふと人々は分かり合えない孤独を抱えているような気持ちにもなるが、そんなことはなくて、だからこそ世界は人の数だけ豊かであるともいえる。

のっけからまどろっこしいことを書いて恐縮だが、これは紀南アートウィーク2023で行われた廣瀬智央のワークショップを記録映像で振り返ったときに頭によぎった感想だ。同時に、木造の旧小学校の元家庭科室に注ぎ込む太陽の光に包まれた暖かい秋の日の記憶が蘇る。そこでは廣瀬の進行のもとで参加者の作業や対話が行われていた。じつに穏やかな時間がゆっくり流れる風景である。それを何度も記録映像で見ていると、はじめに見るのと2度、3度目に見るときでは目を止める箇所が変わっていくことに気づく。つまり、他人どころか、自分が同じものを見ていても見方は変わっていくのだ。

さらに参加者たちは、参加動機や、一人ひとりが仕事や家族と離れて参加した事情も違うし、ときおり目の前の他人を意識した自分の行動や発言によって自己省察もしている。そうした細やかな個別性を一人ひとりが抱えながら、共通の作業をしている様子を見て、冒頭のような感覚をおぼえたのだ。

さて、肝心のワークショップはこのように進んだ。まず参加者はホームセンターなどでよく見る軽量レンガを丁寧に観察して、似た大きさの発泡スチロールのブロックを削り、同じ形を作るように指示される。作品制作の基本的なトレーニング、模刻を体験する。これは見てとらえた形を手によって再現する一見単純な行為だが、素材の硬さや道具の扱いに慣れるまでのあいだ、自分の手はまるで他者のように言うことを聞かない。しかし、次第にナイフと紙やすりの扱いに慣れていくと、もっと細部を再現したい欲求に駆られる。映像でも、はじめの戸惑いから一変して集中力が増していく様子が短時間で見て取れる。

次に参加者はそれが見えなくなるまで、毛糸をぐるぐる巻きつけるように言われる。すでに二つのブロックを触ることで表面のテクスチャに馴染んでいるので、それらに沿って毛糸がしっかり巻き付くように軽く引っ張りながら、人によって規則正しく、あるいは乱雑に巻き付けていた。

さて、ワークショップはここまでが制作編で、その後作業をしていたテーブルは脇に寄せられ、全てのブロックが床に置かれた。外観が毛糸で包まれているので、もうレンガと発泡スチロールの区別はつかない。参加者はどちらかを思い浮かべ、一つを選んで手に取ってみる。そうするとふわりとした柔らかい手触りのあと、伝わってくる重さが脳の予測と違っていると手と腕の筋肉が少しバランスを崩す。シンプルな賭けによって、脳と腕の間のつながりが強く意識されるのだ。

第二部は、一転して目隠しによって視覚の働きを止める。何も見えない状態で参加者はみかんを手に取り、皮を剥き、食べる。さらに植物の葉が手渡され、それを軽く揉んで匂いを嗅ぐ。どれも視覚を奪われたことによって触覚や嗅覚が鋭敏になる経験である。とくに柑橘類は実ではなく葉に特徴がある。驚いたことに、数ある柑橘類の中から配られた葉がレモンとコブミカンであることを当てた参加者がいた。さすが日本有数の柑橘類の産地である。

最後は木造の旧小学校を出て、たわわに実をつけた木が多くあるみかん農園を歩き、農家さんから育て方や美味しいみかんの見分け方を教えてもらった。普段見ることがない収穫前のみかんの木を前にしながら、土から吸いとった養分が生み出す甘みと酸味のバランスを、どのように管理しているかを説明してもらった。みかんの縦横の比率、表面のデコボコなどに、そうした見えない領域の活動が現れていると知るのはとても興味深いことだった。農家さんたちは私たちには見えていないものが確実に見えている。

さらに、子供たちには、美味しいみかんを食べることだけでなく、軽トラの荷台に乗って急斜面を走るのも好評だった。農家さんにとっては当たり前の日常が、テーマパークの乗り物級に人気を得ていた。それと、普段は毎日作物を出荷するだけだが、美味しいと言いながら食べる声を直接聞けるのがいいと農家さんが最後に語っていたことも印象的だった。

実際、多くの一次産業の生産者が自分たちでつくりだしたものが持つ価値を実感するのは簡単ではないかもしれない。それを栄養として身体に入れ、味わう人々とのあいだには仲介業者(市場)が挟まっているからだ。農家は市場の要望をもとに作物の味や形の管理している。そのシステムでは最終的に作物の恵みを得る私たちは消費者と呼ばれる。その私たちも生産者たちがどのような作業をおこない、どんなことを考えているのかを知ることはほとんどない。

はじめて紀南を訪れた時から廣瀬は実際に農園にでかけ、多くの農家さんと話すうちに、その仕事ぶりや植物の知識に魅了されていた。またいっぽうで、その魅力ある経験や知識は商品としてのみかんをつくることを大きく超えているようにも感じていたのではないだろうか。農家が語る言葉には土地の歴史や地形と結びつく話や、もっと人間や生き物がともに共存していくための知恵を感じることもあった。それは日々自然と触れることでつくりあげている文化そのものである。市場に商品を出すという行為だけでは、とても語り尽くせるものではないのだ。

そして廣瀬はこう考えた。商品の生産が生活の生業として重要なのはよく理解できる。ただ、それに留めず、みかんづくりの豊かな知識と経験が解き放たれるような場所をつくりたい−という提案が「コモンズ農園」という構想にむすびつく。背景には、豆やレモンなど自然の素材をつかって作品を制作してきた経験や、イタリアでワインをはじめ豊かな食文化を生み出す農家を訪ねてきた経験があったであろう。

今年制作した小さな冊子「アートプロジェクト〈コモンズ農園〉」のなかで彼は、生き物たちが互いに依存し合う微生物の世界を探求した南方熊楠のマンダラ図を掲げ、分業化された産業や社会の分断を乗り越える可能性を考えるために、異なる立場の人々が集う農作物を育てる場を構想する。

それははたしてユートピアなのだろうか。理想郷やどこにもない場所なのだろうか。モノを作り、自分の感覚を確認し、植物の豊かな恵みを感じ取り、そして農家だけでなく地域のさまざまな人が集まり、語り合う実践は、紀伊田辺の10月のある日に、木造の旧小学校と農園を舞台に実際におこなわれていた。暖かな秋の一日は、そんな「コモンズ農園」の未来の姿を一部垣間見るような体験だった。

住友文彦(キュレーター)

みかんの苗木の旅

みかんの苗木の旅 通信は、苗木の里親の皆さまをはじめ、コモンズ農園の活動に参加してくださっている方、また関心を寄せてくださっている方々に向けて、不定期でお届けしているウェブ通信です。コモンズ農園の近況や季節ごとの動き、みかんの苗木や柑橘にまつわる話題を中心に、農園で生まれているさまざまな出来事や思考の断片をお伝えしています。

通信では、苗木の成長の様子や農園での作業風景、土地や季節の変化といった日々の記録に加え、みかんや柑橘類をめぐる文化、記憶、暮らしに関わる話題も取り上げます。また、紀南アートウイーク代表の藪本の読書案内やスタッフによる小さなレポート、農園を訪れたゲストの方々との対話、寄稿やコラムなども交えながら、柑橘を入り口に人と土地、人と人とのつながりがゆるやかに広がっていくような内容を目指しています。

この通信は、単なる活動報告にとどまらず、コモンズ農園という場がどのように育まれ、変化し、ひらかれていくのかを共有するためのひとつの窓でもあります。みかんの苗木を通して結ばれたご縁を大切にしながら、農園の現在地とこれからを、皆さまとともに見つめていくための媒体として発信しています。


「みかんの苗木の旅」通信 アーカイヴ

「みかんマンダラ」展

KINAN ART WEEK 「みかんマンダラ」展
日時:2022年10月6日(木)〜10月16日(日)
場所:和歌山県紀南地域 田辺市内各所

「みかんコレクティヴ」の話し合いやリサーチをもとに、蜜柑の栽培、及びその生態と周辺環境を、南方熊楠が熊野の生き物に見出した宇宙的広がりと重ね合わせてみる試みとして、4会場を使った展覧会が開催されました。

この展覧会で、作品《みかんコレクティヴ》が展示され、「コモンズ農園」の長期プロジェクトがはじめて提案されました。

そのほか、「菌と共生 / 菌根ネットワーク」をテーマにしたSOUZOU(旧岩橋邸)では、《ビーンズ・コスモス》や《フルーツの塔》を展示し、「土と根 / 見えない根を探る」をテーマにした愛和荘では、写真作品《クマノ・ラディーチ》と複雑な根の構造を使った作品《無題》が展示されました。

手前:廣瀬智央《ビーンズ・コスモス(蜜蝋)》2019年、奥:廣瀬智央《フルーツの塔》2022年
廣瀬智央《クマノ・ラディーチ》2022年
廣瀬智央《無題》2022年

KINAN ART WEEK 2022「みかんマンダラ」 を振り返る
https://kinan-art.jp/info/11413/

この展覧会では、日本や東南アジアのアーティストが人と自然環境の関係性に目を向けた作品が多く並びました。それらを通して、人間にとって植物はつねに身近な周辺環境に存在しながら、鑑賞され、食され、その過程で信仰や物語によって意味や概念が変化し続けてきたことが伝えられます。

とくに微細かつ豊穣な菌や見えない場所で生命を支える根の役割に注目することは、人間中心の世界観を大きく覆すきっかけを私たちに与えてくれます。

熊野古道と南方熊楠の土地で、これらの作品を見ることは科学や経済によって生産性を優先する豊かさを追求してきた近代化への異議申し立てのように感じられました。

「コモンズ農園」がそうした近代化とは別の価値観を模索する試みであるとすれば、それはどのように可能なのでしょうか。

同時期に実施されていたドクメンタ15とアルテポーヴェラの実践を結びつけるメール対談としては、「コモンズ農園の歴史的文脈を語る(前編)・(後編)」を参照してください。