地域を識る — 座談会『田辺の文化的景観』

日時:2025年10月18日(土)19:00–20:30
場所:トーワ荘(和歌山県田辺市高雄1丁目2−14)


座談会「田辺の文化的景観」要約

本座談会は、2025年6月のオンライントーク〈みかんダイアローグ vol.8〉で、建築家・植田曉氏から紹介されたイタリアの「テリトーリオ」という概念と、その具体的実践を受けて開催された。その問題意識を引き継ぎながら、テリトーリオの視点をコモンズ農園の理念に重ね合わせ、田辺という地域を軸にしたツアーと座談会を通して、その在り方とプロセスを共有した。

本企画では、アートプロジェクト〈コモンズ農園〉を、「テリトーリオ」と「文化的景観」という視点から捉え直し、田辺・上秋津の歴史、風景の変化、そこに生きる人々の営みを通して、その可能性を考えた。昼には上秋津を歩くツアー〈地域を識る—ツアー「田辺のテリトーリオを巡る」〉が行われ、夜の座談会では、植田曉、廣瀬智央、下田学に加え、地域で暮らす岩佐郁、問山美海も参加し、地域の風景と生活の関係が多角的に論じられた。

建築家 植田暁氏

その視点から見ると、上秋津はすでに豊かな素材を備えた土地である。ツアーを通じて植田が注目したのは、集落を支えてきた水路網、江戸末期以降に広がったみかん栽培、かつての桑畑、斜面の石垣、段畑、そして十の集落と新しい集落の境界を示す地蔵などである。1970年代と現在の航空写真を比べると、新たな住宅地の出現など風景の変化も明らかだが、それは衰退の証ではなく、変化をどう受け止め、地域の力へ還元するかという問いを投げかけるものである。植田は、上秋津にも最小限の自給自足単位としてのテリトーリオがあり、さらにそれが入れ子状に広い地域や伝承へつながっていると指摘した。

続いて、岩佐と問山が、田辺に外から戻ってきた者、あるいは外から移り住んだ者としての実感を語った。問山は、未舗装の道に広がる梅畑や秋津野ガルテンの風景に農村らしさを見いだし、地域には趣味のグループやガルテンを軸とした緩やかなつながりがあると述べた。岩佐は、川沿いでカワセミに出会う散歩道や、近所同士の野菜のやり取りを挙げ、日常のなかに人と自然の近さがあると語った。また、草刈り、野焼き、溝掃除といった共同作業が、かつての厳しい共同体の名残をとどめながら、いまも景観を支えていることが確認された。一方で、みかん畑が梅へ転換されていることや、護岸工事、宅地造成など、風景が静かに変わりつつある現実も共有された。

問山氏
岩佐氏

廣瀬は、〈コモンズ農園〉を農作物の生産だけを目的とした農園ではなく、異なる立場の人々が出会い、関係を育てる「フォーム(受け皿)」だと説明した。出発点は、みかんを使った作品展示の構想だったが、単に果実を買って使い捨てるのではなく、自分たちでみかんを育て、その長い時間そのものを作品化したいと考えたことから、苗木を育て、人が集まり、対話し、変化を共有するプロジェクトへと変わっていった。土地探しに3年を要し、ようやく岩佐の家の農地を借りて植樹の段階に入ったが、その準備期間自体がすでに関係を耕す時間だったという。廣瀬はこれを「時間を耕す」と呼び、成果や効率を急ぐ現代社会に対して、アートはむしろ時間をかけることで見えてくる価値を開くものだと述べた。

また、コモンズ農園で育てるみかんについても、効率や大量生産を目指すのではなく、この土地の無農薬の履歴や、女性たちが代々守ってきた農地の物語、多品種栽培の可能性などを尊重したいと語った。重要なのは、最初から目標を固定しすぎないこと、状況や変化に応じて柔軟に進むこと、そしてその過程を面白がることである。むしろ多くの人を集めることよりも、少人数でも深く体験できる「謎の場所」として存在するほうが、この農園にはふさわしいという見通しも示された。

プレゼン参考資料 <ppt図版10「継承している人々」>

質疑では、地域住民と新住民、外部の来訪者とのあいだで、風景の「見え方」が異なることが大きな課題として提起された。農道や水路、地蔵などは、地域の人にとっては管理と労力の積み重ねによって成り立つ構造物だが、新たに来た人には自然物のように見えてしまう。そのズレをどう埋めるかに対し、下田は、同じ「みかん」や「上秋津」という言葉でも立場によって意味が異なることを可視化し、別のかたちに翻訳するのがアートの役割ではないかと応じた。植田もまた、地域資源を未来へつなぐには、行政・住民・NPO・教育が対話を重ねながら、子どもたちに愛着と記憶を残していく道筋を作ることが重要だと述べた。

全体を通じて本座談会は、コモンズ農園を単独の農園やアート作品としてではなく、営農、対話、地域の再認識、将来的な事業や教育への広がりを重ね合わせる「小さなテリトーリオ」として位置づけた。田辺の文化的景観を読み解きながら、その未来をつくるための試行として、コモンズ農園が象徴的な役割を担いうることが、参加者のあいだで共有された。

みかんダイアローグvol.8 地域を識る — 座談会『田辺の文化的景観』 (KINAN ART WEEK)

*この座談会は公益財団法人小笠原敏晶記念財団の助成により行われました。

写真:下田学