藏光農園は、和歌山県日高川町にある柑橘を中心とした家族経営の農園である。主にみかん類や梅を栽培し、 低農薬・除草剤不使用を基本とした、味を重視する栽培方針を特徴としている。先代から続く環境への配慮 と身体感覚に根ざした農法を受け継ぎつつ、現園主は独自の工夫と試行錯誤を重ね、持続可能な農業経営を 実践している。JA出荷に加え、インターネットを活用した直販にも早くから取り組み、生産者の考えや栽 培背景を直接消費者に伝える関係づくりを重視してきた。地域のブランドに依存せず、「藏光農園の柑橘」 としての価値を丁寧に発信している点も特徴である。また、地域とのつながりを大切にし、農家同士の情報 共有や次世代育成にも積極的で、高校生を対象とした農業体験・農育の取り組みなどを通じ
て、農業を地域 の将来につなぐ実践を行っている。藏光農の園主、藏光俊輔・綾子ご夫妻にインタビューを実施した。

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蔵光農園インタビュー要約
インタビューでは、「農業とアートの関係性」を入口として、藏光さん自身の農業観・人生観・地域観が語られると同時に、〈コモンズ農園〉の思想と実践がどのように響き合うのか、具体的な経験と言葉を通して丁寧に浮かび上がってくる。
農業「が」アートか、農業「と」アートか
冒頭で藏光さんは、「農業がアートなのか」「農業とアートなのか」という言葉のわずかな違いに立ち止まる。その問いは、農業を単なる生産行為としてではなく、創造的な営みとして捉え直すための重要な入口となる。議論を重ねる中で、農業は自然条件や時間、身体感覚と向き合いながら判断を積み重ねていく創造的プロセスであり、その点でアートと本質的に重なっているという認識が、対話の中で共有されていく。
原風景としての自然体験と農業への肯定的記憶
藏光さんは、幼少期に自由な考えを持つ農家としての父と川で遊び、自然の中で自由に過ごした体験を、自身の原風景として振り返る。農作業を「やらされるもの」として経験しなかったことが、結果的に農業を肯定的で豊かな営みとして記憶する土壌をつくったという。この「強制されなかった自然体験」が、後年の農業選択にも静かに影響を与えていることが語られる。

一度外に出て、戻るという選択
大学進学を機に都会での生活を経験し、地方と都市の双方の価値を実感した上で、卒業から約8年後に帰郷する決断を下す。両親からは「農業だけはするな」と反対される中で、藏光さんは「楽しく、きちんと生計が成り立つ農業」という自分なりの条件を掲げ、就農を選択する。この過程には、理想論ではなく、現実と向き合いながら選び取った職業としての農業観が表れている。
世代交代と独自の経営スタイル
父の代から続く低農薬・除草剤不使用の方針を引き継ぎつつ、みかんと梅を主軸に経営を再構築。JAの評価軸では不利になりがちな「見た目より味」を重視する姿勢を、直販やインターネット販売によって丁寧に伝える道を選ぶ。市場の基準に合わせるのではなく、自ら価値の伝え方を設計する姿勢は、農業を表現行為として捉える視点とも重なる。

地域との関係性と「分散型」の理想像
日高地域では農家同士の横のつながりが比較的強く、情報や経験が共有されているという。藏光さんは、一人の突出した成功者が地域を牽引する「一強型」ではなく、複数の自立した農家が緩やかに支え合う「分散型」の構造を理想とする。農業は個人の成果ではなく、地域全体の底上げによって持続可能になるという考えが具体的な地域像として語られる。
時間の感覚としての農業
果樹農業は年に一度しか収穫できず、やり直しや早送りがきかない営みである。藏光さんは、この「待つしかない時間」「過程そのものに身を置く時間」にこそ価値があると語る。効率や即時的な成果を求めがちな現代社会に対して、農業は異なる時間感覚を提示しており、それを他分野の人とも共有したいという思いがにじむ。
農育(農業×教育)への取り組み
高校生を対象に、農作業と対話を組み合わせた「農育」の実践にも取り組んでいる。農業を職業の一選択肢として知ってもらうだけでなく、地域の特産や暮らしを自分の言葉で語れるようになることを重視している点が特徴的である。これは個人の進路支援にとどまらず、地域全体で農業を考えるための教育的試みでもある。

コモンズ農園への共感
異分野の人々が集い、作業や食事、対話を通じて関係性を育てていく〈コモンズ農園〉の構想に対し、藏光さんは強い共感を示す。明確な成果や効率を求めるのではなく、「過程そのもの」を共有する姿勢が、農業が持つ時間感覚や価値観と深く共鳴していると評価する。
農業とアートの共通点
対話の終盤では、私自身の作品経験を踏まえながら、農業もアートも「循環」「プロセス」「意味を自ら生成する営み」であるという認識が共有される。自然に抗えない時間の中で生きることが、人の感覚や思考を豊かにするという点で両者は重なり合い、インタビューは静かな確信をもって締めくくられる。

〈藏光農園〉から考えるコモンズ農園
和歌山県日高川町にある藏光農園は、単なる柑橘生産の場にとどまらず、自然・時間・人の関係性を編み直す実践の場として位置づけることができる。その営みは、「農業とアート」という二項対立的な枠組みを超え、創造性が生き方として立ち上がる地点に静かに立っている。
藏光農園の農業は、効率化や拡大を第一義とする近代農業のモデルとは異なる。低農薬・除草剤不使用を基本とし、見た目よりも味や身体感覚を重視する姿勢は、自然を管理対象としてではなく、応答すべき他者として捉える態度に基づいている。これは、アートにおける素材との関係性 「コントロールではなく対話」とも深く通じている。
特筆すべきは、藏光農園がもつ時間感覚である。果樹農業は年に一度しか収穫できず、成長の速度を早めることはできない。この「早回しのできない時間」は、成果や結果を即時に求める現代社会のリズムとは根本的に異なる。藏光農園の実践は、過程そのものに意味を見出し、待つこと・手を入れ続けること・変化を受け入れることを価値として引き受ける。この時間感覚は、完成よりもプロセスを重視する現代アートの思考と重なり合う。
また、藏光農園は「個の成功」を目的としない。大規模化や一極集中を志向するのではなく、複数の自立した農家が地域に存在することが、地域全体の持続性を高めるという分散型のビジョンを持っている。この考え方は、〈コモンズ農園〉が目指す「共有される場」「特定の主体に回収されない実践」と強く共鳴する。農園は所有物ではなく、関係性が交差し続ける場=コモンズとして立ち上がる。
さらに藏光農園は、農業を閉じた専門領域にとどめず、異分野との接続を積極的に受け入れている。高校生を対象とした農育の取り組みは、単なる体験学習ではなく、農業を職業・生き方・地域の問題として語り直す場である。ここでは「正解」は与えられず、時間をかけて理解し、考え続ける姿勢そのものが育まれる。
この態度もまた、教育を成果ではなく生成のプロセスとして捉えるアート的実践と重なる。
〈コモンズ農園〉が志向するのは、農作業・食・対話・滞在といった複数の行為が重なり合いながら、異なる背景や価値観をもつ人々が出会う「生成する場」である。藏光農園の実践は、その理念に対して、現実の農業の時間と身体を通して応答している。昼に畑で手を動かし、夜に食卓を囲み語り合うという循環的な構造は、アートが社会の中で担いうる役割「意味の回収ではなく、関係の発酵」を具体的に示している。
藏光農園は、農業とアートの「あいだ」に位置するのではなく、農業という行為そのものが、すでに創造的実践であることを体現している場所である。〈コモンズ農園〉の文脈において藏光農園は、理念のモデルケースではなく、時間と土地に根ざした「実践の参照点」として機能する。その存在は、アートが社会に関わる際に避けて通れない、時間・労働・自然・生の循環という根源的な問いを、具体的な営みとして提示している。
*本リサーチは、公益財団法人小笠原俊晶記念財団の助成により実施されました。
写真:Tartaruga
