学校法人 うつほの杜学園 (和歌山県田辺市中辺路)

学校法人 うつほの杜学園は、和歌山県田辺市中辺路地域に位置する小規模な私立学校である。豊かな自然環境のなかで、「グローカル(Global+Local)」な視座を育む教育を実践している。
校名に冠された「うつほ」は日本の古語に由来し、はじまりの場を意味する。この名称には、子ども一人ひとりの内にある潜在性を引き出す学びの姿勢が込められている。
教育理念の中核には、地球規模の課題を見据えるグローバルな視点と、地域の自然・文化・暮らしに根ざしたローカルな視点とを往還しながら思考する力を育てることが据えられている。単なる知識の習得にとどまらず、「自ら問いを立て、考え、表現し、他者と協働する力」を重視し、主体的な学びを支える教育環境の整備が行われている。
カリキュラムにはIB(国際バカロレア)の教育プログラムを取り入れ、日本語と英語によるバイリンガル教育を段階的に実践している。多様なバックグラウンドや文化的背景の異なる子どもや教員を受け入れ、多様性を前提とした学びの場を形成している点も大きな特徴である。
また、教室内での学習に加え、自然体験や農・食に関わる活動、地域との交流を重視している。田畑や山、川といった身近な自然環境を学びの場として活用し、体験を通じて自然の恵みと厳しさの双方を実感しながら、生きる知恵を育んでいく。こうした実践は、知識理解にとどまらず、身体感覚や他者との関係性を通じた総合的な学びへとつながっている。
運営面においては、学校・教員・保護者が一方通行の関係に陥ることなく、対話を通じて教育を共につくる姿勢が大切にされている。学校という制度を固定化された完成形としてではなく、時間をかけて育まれていく「環境」として捉え、教育のあり方そのものを問い続けている点に、うつほの杜学園の独自性がある。自然・地域・世界を結びながら、子どもたちが自らの問いを持ち、未来を構想する力を育むこと —うつほの杜学園は、これからの時代に求められる新たな教育のかたちを、地域に根ざした実践として提示している。

学校法人 「うつほの杜学園」理事長である、仙石恭子氏にインタビューを実施した。

ツバメアーキテクツによって旧二川小学校をリノベーションした校舎



仙石恭子理事長インタビュー要約

1.背景と問題意識
仙石氏は、慶應義塾大学環境情報学部において領域横断的な学びを経験し、卒業後はデザイン会社IDÉEに勤務した。東京デザインウィークの運営やミラノ・サローネをはじめとするイタリアのデザインの現場に身を投じ、その後はワイン関連の仕事を通して約20年にわたり現地と関わってきた。イタリア各地の小規模自治体やワイナリーを訪れるなかで、「テリトリー(土地・地域)」を尊重し、自然・食・文化と密接に結びついた暮らし方に触れた経験が、現在の思想的基盤となっている。

インタビューに答えてくれる仙石理事長

2.イタリア体験と「グローカル」な視点
イタリアでの生活と仕事を通じて、仙石氏は「外を見ることで自らの故郷を見直す」という感覚を深めていった。ローマ料理やミラノ料理のように、国家単位ではなく地域単位で文化や誇りが語られる社会のあり方に触れ、日本において希薄化しつつある地域性への危機感を抱くようになる。こうした経験を背景に、グローバルな視座(地球規模・国際性)とローカルな視座(地域・自然・暮らし)とを往還しながら思考する「グローカル」という概念が形成され、うつほの杜学園の教育理念の核となっていった。

広々とした校庭
広々とした校庭


3.学校設立までの実践と困難
2020年のコロナ禍を契機に、「故郷に貢献するには新たな学校を創ることが切り口である」と考え、学校設立を決意する。構想から認可取得、開校まで約5年という短期間で実現したが、その道のりは平坦ではなかった。ほぼ一人で構想を進め、当初の約3年間は協力者の多くはプロボノや無償のボランティアであった。廃校となっていた校舎を活用し、地域や行政(田辺市長・当時の和歌山県知事)の理解を得ながら準備を進めた。学校設立にあたっての資金は寄付を中心に賄われた。その原動力となったのは、理念やコンセプトを丁寧に言語化し、共感の輪を広げていった点にある。

子どもたちは、ゆったりとした生徒数で学ぶことができる教室

4.教育内容と学校の特徴
うつほの杜学園の教育は、「答えの無い探究的な問いと主体的な学び」を重視する。学校側が理念を提示するだけでなく、保護者や教員と意見を交わしながら学校運営を共に構築していく点が大きな特徴である。教育の基盤にはIB(国際バカロレア)の思想を取り入れ、「自ら問いを立て、考え、表現し、協働する力」を育むことを重視している。授業設計は教員に大きく委ねられ、理念に共鳴した教員が集い、実践を担っている。また、自然環境を生かした体験的な学びが豊富に組み込まれており、農作業や食のプログラム、山や高原での活動などを通して、自然の恵みだけでなく、その厳しさや生態系の現実を体感的に学んでいる。鹿による作物被害といった出来事も、自然の中で生きることを理解するための学びとして受け止められている。

校舎の整備や管理、ワークショップなど学校によりそう炭焼き職人の土山徹さん

5.環境を整えること、時間をかけること
仙石氏は、自身の役割を「教育内容を管理すること」ではなく、「人や学びが自発的に生まれる環境を整えること」にあると語る。チャイムを設けない校内環境や、日々の役割を子どもたちが担う仕組みなど、環境そのものが教育として機能するあり方を重視している。
また、自由学園(創立104年)を訪れた経験や、イタリアのワイン造りに見られる長い時間軸への理解から、「教育は時間をかけてこそ育つものだ」という確信を深めている。うつほの杜学園も、短期的な成果を追うのではなく、世代を超えて継承される環境と文化を育てることを目指している。
本インタビューから浮かび上がるのは、教育とは理念を掲げることにとどまらず、環境を整え、対話を重ね、時間をかけて育んでいく実践であるという一貫した姿勢である。グローバルとローカル、自然と人、理念と実践を往還しながら進められるうつほの杜学園の取り組みは、アートプロジェクト〈コモンズ農園〉とも深く共鳴し、「数や効率では測ることのできない価値」を地域に根ざして育てる試みとして位置づけられる。

アイディアのメモが掲示板に張り出され共有できるようになっている


〈うつほの杜学園〉から考えるコモンズ農園

環境をつくること、関係が生成すること、時間を耕すこと
うつほの杜学園の実践は、教育という制度的領域に位置づけられながらも、その本質は「学校」という枠を超え、環境を整え、関係性を生成し、時間を耕す営みとして捉え直すことができる。その意味において、同学園はアートプロジェクト〈コモンズ農園〉と深い共振関係にある。
コモンズ農園が問いとして掲げているのは、「成果」「効率」「人数」「評価」といった近代的・制度的な価値尺度をいったん脇に置き、人と人、人と自然、人と時間のあいだにいかなる関係が生まれうるのかを、実践を通して探ることである。そこでは、完成された作品や明確なゴールよりも、関係が立ち上がるプロセスそのものが重視される。うつほの杜学園もまた、教育成果を即時的に可視化するのではなく、「どのような環境があれば、人は自発的に学び、関わり、育っていくのか」という問いを、現場で粘り強く試み続けている。
仙石理事長が繰り返し語る「私がやっているのは環境を整えることだけ」という言葉は、アートの文脈に引き寄せれば、作者が意味や結果を決定しないアート、あるいは関係性のためのフレームを設計するアートの姿勢と重なる。コモンズ農園においても、農園は完成されたオブジェではなく、異なる背景や価値観をもつ人々が出会い、共に働き、ときにすれ違いながら関係を編み直していくための「場=フォーム」である。そこでは、誰かが何かを教え込むのではなく、環境に身を置くことで思考や行為が自ずと立ち上がる。
また、うつほの杜学園が重視する「グローカル」という視点は、コモンズ農園の志向とも重なっている。グローバルな理念や普遍的価値を掲げつつ、それを抽象的な理想にとどめるのではなく、この土地、この自然、この距離感のなかで、いかに具体的な実践へと翻訳できるかが問われている点で共通している。イタリアのワイン造りに象徴されるテリトリーへの深い感受性や、長い時間軸で物事を捉える姿勢は、コモンズ農園における「農」という営みの思想的基盤とも強く響き合う。
とりわけ重要なのは、両者が「子ども/大人」「教える者/学ぶ者」「つくる側/参加する側」といった二項対立を相対化している点である。うつほの杜学園では、子どもたちが学校生活の一端を担い、保護者や地域も教育のプロセスに関わる。一方、コモンズ農園では、農家、アーティスト、研究者、子ども、来訪者など立場の異なる人々が、固定化された役割を超えて同じ場に関与する。ここでは、特定の誰かが中心に立つのではなく、関係そのものが中心となる。
さらに、時間に対する態度も決定的に重要である。うつほの杜学園が、百年以上続く学校やイタリアのワイン造りから学ぼうとしているのは、時間をかけてこそ育まれる価値の存在である。コモンズ農園もまた、短期的な成果やイベント的消費に回収されるのではなく、10年後、20年後に振り返ったとき、土地や人の記憶として残るプロセスを志向している。みかんの木が実を結ぶまでに歳月を要するように、関係性や信頼、学びもまた時間を必要とする。
このように見ていくと、うつほの杜学園は「教育の場」であると同時に、地域に開かれた長期的なプロジェクトとして位置づけることができる。そしてコモンズ農園は、「農」という行為を媒介に、教育・アート・生活が未分化に重なり合う実践の場である。両者は異なる入口を持ちながらも、「環境を整えることで人を変える」のではなく、「人が変わりうる環境をいかに立ち上げるか」という共通の問いを分かち合っている。
今後、両者が連携する可能性は、特定のプログラムや成果を生み出すこと以上に、互いの実践を鏡として照らし合いながら、地域における新たなコモンズのかたちを探る点にあるだろう。それは、教育とアート、農と思想、子どもと大人が分断される以前の、より根源的な「生き方の学び」を、静かに、しかし着実に育んでいく試みである。

*本リサーチは、公益財団法人小笠原俊晶記念財団の助成により実施されました。

写真:Tartaruga