イベファームは、和歌山県海南市下津町に位置する、みかんを中心とした自然栽培農園である。代表の井邊博之氏は、神奈川県で研究職として長年勤務した後、実家の農園を継ぐため帰郷し、2010年より一部の畑から自然栽培に取り組み始めた。現在は、肥料・堆肥・農薬を一切使用しない栽培方法に全面的に移行している。
イベファームの自然栽培は、土壌・樹木・水・空気・人の関係性を回復させることを重視している。収穫を数年間行わず樹勢の回復を優先する判断や、害虫対策を農薬に頼らず手作業で行うなど、長期的な循環と持続性を前提とした実践が特徴である。
また、土地条件や環境要因を丁寧に読み取り、斜面地・平地それぞれの特性に応じた栽培方法を模索するとともに、「大地の再生」の考え方を参照しながら、空気と水の流れを整える試みも行っている。こうした実践は、自然栽培の難しさと可能性を同時に示すものとなっている。
生産物は、自然食品店への卸売と、理念に共感するサポーターへの限定販売を中心に流通している。また、生産者と消費者が相互に関わる関係づくりを目指している。家族内継承にとどまらず、自然栽培を志す人々とのコミュニティとして農を持続させる将来像を描いている。
2025年3月10日、井邊ご夫妻にインタビューを実施した。

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井邊博之氏へのインタビュー要約
1.訪問の背景 ― コモンズ農園が「学びの相手」を探す理由
〈コモンズ農園〉は、柑橘を育てながら、将来はみかんを素材にした展覧会や、実が育つ長い時間を使った多様なプログラムを組み、世代や職業、立場の異なる人が交わる「農園という名のプラットフォーム」をつくる。その拠点となる園地は、前園主が自然栽培で育ててきた場所であり、その姿勢を継承したいと考えている。しかし田辺周辺では自然栽培の実践者が多くはない。そこで下津町で自然栽培のみかんに取り組むイベファームを見つけ、自然栽培に至る経緯、技術的な実際、そして未来像までを学ぶためにインタビューを行った。

2.井邊さんの転機 ― 研究職から、実家のみかんへ
井邊さんは2009年まで神奈川に暮らし、電気会社で研究所勤務を続けていた。三十年近く働いたのち、53歳で早期退職を選び、年老いた両親の畑を継ぐために和歌山へ戻った。実家は代々みかん専業で、当初は両親と同じ慣行栽培を一年行う。しかし、姉から紹介された木村秋則の『奇跡のリンゴ』が決定的な契機になる。人と同じことを繰り返すより、新しい問いを立てて試すことを仕事としてきた井邊さんにとって、「リンゴでできるならみかんでもできるはずだ」という直感は強い推進力になった。周囲に前例がほとんどない中で、2010年、まず一部の畑から自然栽培を始める。
3.自然栽培の定義―「何も入れない」ことから始まる
井邊さんが言う自然栽培とは、肥料も堆肥も農薬も使わないことを基本とする。移行は一気にではなく、生活が立ちゆかなくなる危険を避けながら、区画を少しずつ切り替えて進めた。2011年の東日本大震災を機に、魚由来の有機肥料への不安が高まったことも、「畑に入れるもの」を根本から見直す契機となる。試しに他の畑でも肥料をやめ、木の反応を観察すると、木は苦しむが温州みかんは予想以上に耐え、結果として収穫量を大きく落とさずに移行できた。とはいえ、農薬をやめると果皮に黒点が出て売りづらくなる。慣行栽培では商品価値維持のため殺菌剤散布を続けざるを得ない現実があり、井邊さんも当初は自然栽培区画と慣行区画を併存させつつ販路を探した。2013年頃、黒点のあるみかんでも受け入れる売り先が整い、全畑を自然栽培へ切り替える決断に至る。
4.最大の壁― 害虫と「手作業の季節」
自然栽培の難しさは、害虫対策に集約される。温州みかんは花が咲けば実がなる性質を持つが、害虫にやられると木そのものが枯れていく。井邊さんが最大の敵として挙げるのがカミキリムシとナガタマムシで、いずれも木の内部を食害し、水や栄養の通り道を断って急速に枯死させる。農薬に頼らない井邊さんは、6~8月の3か月間、畑を繰り返し巡回し、卵を見つけて潰し、木屑や糞の跡から幼虫の位置を特定して針金で掻き出す。慣行農家が薬剤散布で一気に処理する季節に、一本一本の木に潜り込み、身体で対峙する時間が続く。枯れた木は寿命として受け止め、切って植え替える ―その反復の中で、自然栽培は「成功法」よりも「持ちこたえ方」の技術として立ち上がっていく。
5.土地条件という現実― 空気と水の循環を読む
もう一つの大きな条件は土地だ。斜面の畑は空気が通りやすい一方、平地の畑は水田転換園で地下水位が高く、自然栽培では根が深く潜ろうとするほど根腐れのリスクが高まる。実際、水田転換の甘夏園では、平地条件の厳しさもあり木を枯らす経験を重ねた。井邊さんは矢野智徳の「大地の再生」に学び、空気と水の流れを回復させる発想を取り入れる。新しい道路が空気の流れを止めることもあるため、土に穴を開けて通気を促し、環境の循環をつくり直す。自然栽培は投入を減らすだけではなく、場の呼吸を取り戻す作業でもあることが語られる。

6.「収穫しない」選択―木を生かすための時間
新しく得た畑を自然栽培へ転換する際、井邊さんは二度目の挑戦として経験知を活かし、決定的な学びに至る。それは「実ったみかんを収穫してはいけない」ということだった。木がまだ循環に乗れていない段階で収穫すると樹勢が落ち、枯れに繋がる。そこで三年間は、7月ごろに実をすべて落とし、木の体力を回復させることを優先した。四年目に入り、ようやく収穫しても枯れない木になり始めたという。この話は、自然栽培が「すぐに成果を取る農」ではなく、「木が立ち直る時間を引き受ける農」であることを象徴している。
7.多様性の構想 ― 混栽・共生農法へのまなざし
井邊さんは、自然栽培の先に単一栽培を超える未来を見ている。みかん畑に梅や桃、ブルーベリーなどを混ぜて植えれば、落葉が養分となり、共生的な循環が生まれる。さらに理論的には、同一作物だけでは収量は密植の限界で飽和するが、異なる種を組み合わせれば空間をより密に使え、畑全体の総収量を高められる可能性がある。また、多様性が害虫・収量・循環の面で持つ意味が語られた。ブドウ畑でバラを病気センサーとして植える例も挙げ、コモンズ農園でも「異種を集める」方向性に共感を示した。
8.菌根菌との共生 ― 見えない循環の時間
井邊さんは、肥料を入れない理由を「虫の被害を避けるため」と語るが、同時にみかんの木にも栄養が必要であることを強調する。その鍵となるのが、土壌中の菌根菌との共生関係である。みかんの木の根は菌根菌と結びつき、菌根菌から栄養素を受け取る。その代わりに、木は光合成によって得た糖を菌根菌に供給する。しかし土壌中に肥料分が多いと、この共生関係は成立しにくい。土壌環境が整っていない場合、菌根菌との安定した関係を築くには相当の時間を要するため、初期の数年間は実をつけないほうがよいという判断に至る。また、菌根菌を健全に保つには多様な植物の根の存在が重要であり、そのためみかんの木の周囲に草を生やすことが必要になる。草は競合する存在ではなく、地下の共生ネットワークを支える役割を担って
いるのである。自然栽培は、目に見える成果よりも、見えない地下の関係を育てる時間を優先する営みであることがここに示されている。

9.家族の葛藤と記憶 ― 新しさと古さが交差する場所
自然栽培への転換は家族の中に強い葛藤も生んだ。代々の専業農家である両親との衝突は激しく、夫人はその間に立つ苦しさを語る。ただし、義母の言葉として「昔は畑に穴を掘って空気を通していた」「除草剤が普及しても父は多用しなかった」といった記憶が出てくる。自然栽培は突飛な新規性ではなく、便利さの前に行われていた営みを掘り起こす側面もある。近代化の中で失われた手触りを、別の形で回復する実践として位置づけられていく。
10.記録と共有 ― 知見を蓄積し、支える関係をつくる
井邊さんは埼玉の自然食品店が毎年開く勉強会に論文のような記録を提出しており、そこに実践の経過が蓄積されていると答える。夫人も、相談に来た若い夫婦の事例を語り、自然栽培の三年目・四年目に訪れる「心が折れそうな時期」を越える難しさを強調する。枯れ始めた木に耐えきれず肥料を入れてしまう―その瞬間に自然栽培から離脱してしまう。井邊さんは、肥料を入れるくらいならやめる、と極端な言い方で覚悟の線を引く。

11.未来像 ― 継承よりコミュニティへ
今後の課題として、子ども世代への継承は容易ではないことが語られる。子どもたちにとって故郷は神奈川であり、和歌山は「祖父母の家」という感覚に近い。そこで井邊さんが構想するのは、血縁継承ではなく、自然栽培を志す人々とのコミュニティづくりである。現在は収穫の三分の二を自然食品店へ卸し、残りは直販の多数相手ではなく「自然栽培サポーター」に限定して販売している。今後はサポーターとの関係を一方通行から相互へ変え、農作業を手伝いたい人が関われるネットワークを育てたいという。農業を「生産と消費」に閉じず、関係性の場として編み直す視点が示された。
12.コモンズ農園への示唆 ―自然栽培が教える「時間」と「関係」
インタビュー全体を通して、自然栽培は単なる技術ではなく、時間と失敗、身体的な手間、土地の循環、そして支え合う関係を引き受ける実践として描かれた。木を生かすために収穫を三年諦めること、害虫に一本一本向き合うこと、場の呼吸を取り戻すこと―それらは効率の論理とは別の価値基準を要請する。〈コモンズ農園〉が目指す「農園という名のプラットフォーム」は、まさにこの別の時間軸と関係性の設計を必要としている。自然栽培の困難を具体的に知り、同時にそこに宿る可能性 ― 多様性、共生、コュニティ―を確かめた上で、今後の議論と実践へ持ち帰っていく形でインタビューを結んだ。
写真:Tartaruga
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〈イベファーム〉から考えるコモンズ農園
イベファームは、〈コモンズ農園〉が構想する「農園という名のフォーム」において、自然栽培の技術的な先行事例であると同時に、持続的な農のあり方と公共的な関係性を実践的に示す重要な参照点として位置づけられる。
〈コモンズ農園〉は、柑橘栽培を基盤としながら、農業を単なる生産活動としてではなく、人と人、人と自然、世代や価値観の異なる主体が長い時間をかけて関わり合う「生成的な場」として再定義することを目的としている。その実現には、短期的な成果や効率を優先する従来型農業とは異なる時間軸と倫理観を内包した実践が不可欠である。イベファームの自然栽培は、まさにその前提条件を具体的に体現している。
イベファームが行う自然栽培は、肥料・堆肥・農薬を一切使用しないという厳格な方法を採用しているが、その本質は「投入を減らすこと」そのものにあるのではない。むしろ、土壌・樹木・水・空気・人の関係が分断されてきた環境において、循環を回復させるために時間と労力を引き受ける姿勢にこそ意義がある。収穫を数年間行わず、木の回復を優先する判断や、害虫対策を農薬に頼らず手作業で行う実践は、自然栽培が短期的な収益性に直結しないことを明確に示している。
この点において、イベファームは〈コモンズ農園〉にとって「完成された成功モデル」ではなく、試行錯誤や失敗、経済的な困難を含み込みながら継続されてきた実践の蓄積として重要である。自然栽培において多くの実践者が途中で断念する現実を、井邊氏自身が経験とともに語っていることは、理念先行ではない現実的な学びを提供している。これは、コモンズ農園が「正解を提示する場」ではなく、「問いを共有し、共に考える場」であることと強く共鳴する。
また、イベファームが描く将来像は、家族内での単線的な継承ではなく、自然栽培を志す実践者や消費者とのコミュニティとしての持続に重心を置いている。自然栽培サポーターとの限定的な販売関係や、相互的な関与を模索する姿勢は、農業を私的な生業にとどめず、関係性のネットワークとして開いていく試みであり、〈コモンズ農園〉が目指す公共性の高い農のモデルと高い親和性を有している。
さらに、混栽や共生農法への視点は、生態系の多様性を回復させるだけでなく、単一作物・単一価値に依存しない持続可能な農業の可能性を示している。この「多様性を前提とした生産性」という考え方は、異なる人々や価値観が交差することで新たな価値が生まれるという、コモンズ農園の社会的・文化的構想とも重なり合う。
特に共生農法への示唆は、〈コモンズ農園〉にとって、自然栽培の技術的参照先であると同時に、時間・関係性・公共性を内包した農の実践モデルとして位置づけられる。その実践は、コモンズ農園が今後地域に根ざしつつ展開していく際の、思想的・実践的な基盤の一部を形成するものであり、本事業の妥当性と社会的意義を裏づける重要な存在である。
*本リサーチは、公益財団法人小笠原俊晶記念財団の助成により実施されました。
写真:Tartaruga
