和歌山県田辺市上秋津にある中山農園は、地域の自然環境と長い時間軸を大切にしながら、みかん栽培を行う小規模農園である。園主・中山雄史さんは、約20種類に及ぶ柑橘類を育てる多品種栽培を特徴とし、単一品種・単一基準に依存しない農業のあり方を実践している。デコポンなど市場で評価の高い品種を含む一方、現在の消費動向には合致しにくい品種もあえて残し、味わいの多様性を重視している点に特色がある。
栽培方針としては、除草剤を基本的に使用せず、草を完全に排除するのではなく芝生程度に抑える草生管理を行っている。糖度のみを追求して木を弱らせる手法は採らず、土壌や樹木への負担を抑えながら、味の濃さやバランスの取れたみかんづくりを目指している。就農当初は慣行的な栽培も経験したが、木の寿命(経済寿命)や土壌の劣化を実感したことから、現在の自然志向へと段階的に移行した。
農園は自宅に隣接する畑を含め複数の区画から構成され、野菜栽培も行われている。労働力は本人と家族で担っており、1.6ヘクタールという規模を将来的にどのように維持・調整していくかが課題である。中山農園は、環境への配慮と生業としての現実のバランスを模索しながら、地域に根ざした持続的なみかん栽培を続けている。

〈中山農園〉園主・中山氏 インタビュー 要約
1.中山農園の構成と現場の印象
中山さんの農園は、自宅に隣接する畑を含め、複数の区画から構成されている。野菜を栽培する区画も併設されており、さらに別の場所にみかん栽培のメインとなる畑を持つという、分散型の構成が特徴的である。畑ごとに土質や環境条件が異なり、それぞれに明確な個性があることが観察された。この多様な区画構成は、単なる効率性ではなく、土地ごとの特性を読み取りながら栽培を行う中山さんの姿勢を如実に表している。均質化された農地ではなく、「違い」を前提とした農園のあり方がそこにはあった。
2.品種構成と栽培へのまなざし
中山農園では、約20種類の柑橘品種が栽培されている。市場で人気の高いデコポンをはじめとしながらも、現在の消費者ニーズには必ずしも合致しない品種も含まれている点が特徴的である。畑では品種が混在しており、未熟な時期には非農家から見ると見分けがつきにくいものも多いが、土地ごとの条件や樹の状態に応じて栽培を組み立てていく中山さんの観察眼と経験に支えられている。
3.糖度偏重から自然志向への転換
就農当初の5~6年間、中山さんは一般的な慣行に従い、糖度を重視した栽培を行っていた。除草剤を多用し、木を弱らせることで糖度を上げる方法である。しかし、その過程で土壌の劣化や木の寿命(経済寿命)への懸念を強く意識するようになったという。
現在は、除草剤を使わず、草を芝生程度に抑えた草生栽培を基本としている。砂漠化状態をつくることで甘さを引き出す手法は採らず、味の濃さや自然なバランスを重視する方向へと段階的に転換した。糖度だけに依存しない評価軸を持つことが、結果として多様な味わいを生み出している。

4.家族背景と経営の自由度
中山さんの父親は公務員であり、母親と祖母が小規模に農園を営んできた。その農園を中山さんが継承したことで、慣行に強く縛られない、比較的自由度の高い栽培方針を選択することが可能となった。この家族背景は、中山農園の柔軟な取り組みを支える重要な要素となっている。
5.規模・労働力・長期的視野
現在の労働力は中山さん本人と両親によるものであるが、年齢的な理由から、数年以内に両親の手伝いが減少する見込みである。現時点で後継者の予定はなく、将来的に共同パートナーや人員を確保できるかが大きな課題となっている。
みかん栽培において一人当たりの適正規模は約1ヘクタールとされるが、中山農園は1.6ヘクタールとやや過剰である。そのため、植栽本数を減らすなどの合理化を進め、規模を縮小しながらも生産量と品質を維持する方向性を模索している。42歳の現在を起点に、70代半ばまでを見据えた約30年の長期計画が描かれている。

6.環境配慮と品質観
除草剤は作業効率の面では有効である一方、環境への影響という点では明確なマイナスであると中山さんは経験的に認識している。土壌の劣化や生態系への影響を避けるため、草生状態を保ち、CO₂循環を含む自然環境の維持を重視している。
農薬については、市場性や見栄えの要求から使用が避けられない場面もあるが、可能な限り抑制する姿勢を取っている。品質については、過度な甘さではなく「味の濃さ」や品種ごとの個性、多様性を大切にしており、甘さ一辺倒ではない消費者の存在も強く意識されている。
7.経済性と地域との関係
農家全体に共通する課題として、構造的な低収入の問題がある。社会的な単価や消費動向の影響は大きく、個人の努力だけで解決できる問題ではない。中山さんは、品質向上と生産の安定化、コスト削減を通じて、「継続的に買いたいと思われる商品」を提供し続けることが現実的な対応策だと捉えている。農協青年部などを通じた横のつながりもあり、栽培方法や知識は隠さず、聞かれれば共有するオープンな姿勢を持つ。近隣農家の取り組みは多様であり、除草剤不使用の農家も一部存在している。
8.コモンズ農園との接続と今後
中山さんは、コモンズ農園の構想に対して前向きな協力姿勢を示している。農園内にコミュニケーションスペースを設け、雑談や飲食、宿泊、農作業体験ができる場をつくる構想について、中山さんは『農業の現場を実験空間として開く試み』として前向きに受け止めている。無農薬栽培の試行など、個々の農家では踏み出しにくい挑戦を後押しする場としての可能性が見出されている。持続可能性、自然重視、多様性の尊重という価値観において、中山農園とコモンズ農園は強く共鳴している。今後も対話と助言を重ねながら、記録と制作を継続していく予定である。

〈中山農園〉から考えるコモンズ農園について
〈中山農園〉でのインタビューを通して、〈コモンズ農園〉の可能性を考えるうえで、慎重であるべき点もはっきりと見えてきた。まず前提として、農業は生活そのものである。土地を守り、木を育て、収穫し、売り、収入を得る。その一つひとつが日々の暮らしと直結している。一方で、アートは必ずしも生活に直結するものではなく、物事を象徴的にとらえたり、新しい意味を与えたりする営みである。この二つが出会うとき、農業の現実がきれいに語られすぎてしまう危険がある。努力や葛藤が、「理想的な取り組み」として単純化されてしまう可能性がある。
中山農園の歩みを見ると、そのことがよくわかる。現在は除草剤を使わず、草を適度に残しながら、自然に近い形でみかんを育てている。しかし最初からそうだったわけではない。就農当初は糖度を上げるために木を弱らせる方法も取り、除草剤も使っていた。その中で、木の寿命や土の状態を実感し、少しずつやり方を変えていった。そこには立派なスローガンがあったわけではなく、試行錯誤の積み重ねがあっただけであ
る。
〈コモンズ農園〉が中山農園を「自然農のモデル」として単純に持ち上げてしまうと、本質を見失うことになる。除草剤を使わないこと、多品種を育てること、甘さだけを追わないこと。どれも価値ある選択だが、それは同時に手間やリスクを引き受ける決断でもある。農業では、いつも何かを選び、何かを諦めなければならない。正解が一つあるわけではない。
しかし、この現実をそのまま受け止めることができるなら、〈コモンズ農園〉には大きな可能性がある。農業を理想化するのではなく、その迷いや葛藤を共有する場にできるからである。みかんを育てるには長い時間がかかる。労働力の問題もある。農薬を一切使わないことの難しさもある。そうした条件を隠さずに開いた場をつくることができれば、農業は「きれいな物語」ではなく、考え続ける営みとして見えてくる。
〈コモンズ農園〉は、農業を変えるプロジェクトではない。農業を助けることが第一の目的でもない。むしろ、農業の中にある判断や迷いを、外の人にも見える形にする場になりうる。中山さんが語る「甘すぎるみかんが苦手な人もいる」という言葉には、市場の基準とは別の価値観がにじんでいる。また、「聞かれた答える」という姿勢には、静かな共有の精神がある。こうした言葉を大げさにせず、丁寧に伝えていくことが、アートの役割になりうる。
もちろん、アートが入り込むことで現場に負担が生まれる可能性は消えない。農園は展示空間ではなく、作業の場である。その違いを忘れないことが大切である。距離を保ち、相手の立場を尊重すること。その上で関わり続けるなら、〈コモンズ農園〉は農業を演出する場ではなく、農業とともに考える場になる。
中山農園は、〈コモンズ農園〉の可能性を具体的に検証するための参照点となる。理想の農園ではなく、現実の農園であるからこそ、そこから学べることが多い。〈コモンズ農園〉の可能性は、農業の美しい部分ではなく、迷い続ける姿勢そのものを共有できるかどうかにかかっている。そこにこそ、アートが関わる意味があるのではないだろうか。
写真:Tartaruga
