尖農園 (和歌山県田辺市下万呂)

尖農園は、「当たり前のことを丁寧に、誠実に行う」という姿勢を基盤に、働く人にも自然にも無理のない持続可能な農業を実践する農園である。園主は機械いじりへの関心から工業高校へ進学し、その後はカウンセラーの道を志すという一見異なる進路を歩んできた。さらに、JAの荷受け、ガソリンスタンド、コンビニエンスストア、ホテルの仕出し業務、土産物製造工場、廃ビル解体、タイヤ交換専門店、ラウンジのボーイなど、実に多様な職種を渡り歩いてきた経歴を持つ。そうした現場での労働経験は、人の働き方や現場の論理、社会の構造を身体的に理解するための重要な蓄積となっている。
約11年前に実家の農業を継承し、みかん栽培に本格的に取り組み始めた。農業は特別な理想論ではなく、日々の積み重ねによって成り立つ仕事であるという実感のもと、作物や土壌だけでなく、共に働く人の状態や無理のない作業工程にも目を向けながら、農のかたちを模索している。過度な効率化や拡大を目的とせず、自然のリズムに耳を澄ましながら、必要なことを必要な分だけ行う姿勢が尖農園の特徴である。
尖農園の実践は、多様な労働経験から培われた現実感覚と、誠実さに根ざした農への向き合い方によって成り立っている。それは、働くことと生きること、自然と社会を切り離さずに結び直す、現代的な農業のひとつのあり方を示している。尖農園は現在も試行錯誤を重ねながら、地域に根差した農業として、次世代へ引き継ぐことのできる農業のあり方を模索している。

2023年10月17日に尖農園主・小谷大蔵氏にインタビューを実施した。

小谷氏へのインタビューの様子



尖農園 園主・小谷大蔵氏 インタビュー要約

1.世代交代の只中で —「まだ誇れるものはない」という率直さ
小谷大蔵氏は、父の代から自分の代へと農園を移行している途上にあり、現時点で「これが誇れる」と言える成果はまだないと語る。しかしその一方で、先祖代々のやり方をそのまま続けることへの強い疑問と、状況を変えようとする強い意志を持っている。かつては土地が少なく、無理な密植で収量を確保せざるを得なかったが、離農が進んだ現在は土地条件が変わり、「一つの畑に固執せず、働きやすい園地を増やす」という発想が可能になってきたという。

2.目標は「30年後も続けられる畑」— 量から質、そして効率重視への転換
小谷氏の将来像の中心にあるのは、年齢を重ねても無理なく農作業を続けられる環境づくりである。木を更新し、園地内に車を入れられるよう道幅を確保し、収穫物を直接コンテナへ運べる動線を整える。そのために木の本数を減らすことも辞さないが、これが収量重視の父世代との葛藤を生んでいる。ただし新しい畑も増やしており、全体としては量を確保しつつ、園地ごとの作業効率と質を高める方向への転換を目指している。

あたらしく植え替える予定の温州みかんの畑


3.気候変動の現実 — 作物だけでなく「身体」への負荷
近年の気候変動は、みかんや梅の生育に明確な影響を及ぼしている。集中豪雨と強烈な日照りによる果実や樹体へのダメージ、枯れ枝の増加などは顕著である。特に深刻なのは夏場の消毒作業で、防護服を着て行う手作業は「地獄」と表現されるほど過酷になっている。こうした状況から、ドローン導入などの技術的対策も視野に入れている。将来的には柑橘の適地が北へ移動し、この地域で柑橘を栽培しなくなる可能性すら示唆された。

4.農薬をめぐる誤解への違和感
小谷氏は、「農薬=悪」「無農薬=善」と単純化されがちな社会的言説に強い違和感を示す。自身は国の安全基準を厳密に守り、収穫前日数や回数制限を徹底した上で栽培しているという自負がある。一方で、無農薬をうたいながら病気に侵された果実が良しとされる風潮には疑問を呈し、「病気なら適切に治療し、健康な実を作るべきだ」という現場感覚を語る。ここには、農業の安全性をめぐる消費者との認識のずれが表れている。

5.土地と地域 — 新規参入を阻む信頼の壁
耕作放棄地は多く存在するものの、農地は誰にでも貸されるわけではない。貸し手が重視するのは、農業経験や地域との関係性、継続性である。ただし小谷氏自身は、本気で農業に取り組む意志がある人であれば、地域とつなぎ、初期の支援を行いたいという前向きな姿勢も持っている。一方で、知らない人が入ってくることへの不安も根強く、時間をかけて関係を築く必要性が語られた。

たくさんの実がなる小谷さんの畑

6.農業の外へ出る経験 — アートとの接点
紀南アートウィークやみかんコレクティブへの参加は、知人の紹介がきっかけだった。農業に不満があったわけではないが、地元中心の生活の中で、知らない世界に触れてみたいという思いがあったという。現在では、こうした活動が畑仕事の合間の楽しみや息抜きにもなっている。将来的には、農作業を手伝う人が滞在できるスペースを倉庫の二階につくる構想も語られた。

7.次世代へ渡すもの — 誰が使っても良い畑を目指して
子どもに農業を継がせるかどうかは強制せず、本人の意思を尊重する考えだが、継ぐ場合には生活が成り立つ環境を整えたいという。たとえ子どもでなく別の人が引き継ぐとしても、「効率の良い畑だ」と思われる園地を残すことが目標である。小谷氏の農業は、自分一代の成果ではなく、次へ手渡す準備として構想されている。

8.コモンズ農園への期待
小谷氏にとってコモンズ農園は、実験的な栽培や、人が集い学び合う場としての農園という点で「ドンピシャ」の構想である。一本の木に複数品種を接ぎ木するなど、遊びと実験の余地を持つ農園像が語られ、荒地であっても整地可能であれば協力したいという現実的な姿勢も示された。

畑を巡りながらみかんの解説を聞く



〈尖農園〉から考えるコモンズ農園について

〈尖農園〉は、完成された理念や成功事例として存在している農園ではない。むしろそこにあるのは、世代交代の只中で揺れ動きながら、「これまでのやり方を続けてよいのか」という切実な問いを引き受けている一人の農家の姿である。この未完成性こそが、コモンズ農園の思想と深く共鳴する点である。
小谷大蔵氏が語る農業は、量の最大化や効率至上主義への転向ではない。彼が目指しているのは、30年後、40年後でも身体を壊さずに続けられる農業、すなわち「持続可能な労働としての農業」である。園地に車を入れるために木を減らす判断や、収量よりも作業動線を優先する設計は、一見すると経済合理性に反するようにも思える。しかしそれは、農業を単なる生産活動ではなく、時間と身体を内包した営みとして捉え直す試みである。
コモンズ農園が問いかけているのもまた、土地や作物の「所有」ではなく、「関わり続けること」そのものの価値を問うものである。小谷氏の語りに繰り返し現れる「年を取っても続けられる畑」「次の世代に渡せる園地」という視点は、農園を個人の成果物ではなく、時間を超えて共有される基盤としてのコモンズとして捉える感覚と重なっている。
また、〈尖農園〉は気候変動を抽象的な環境問題としてではなく、作業の過酷化、身体の限界、樹木の寿命の短縮といった具体的な経験として引き受けている点でも重要である。真夏の消毒作業が「地獄」と表現されるほど過酷化している現実は、農業がすでに厳しい条件の中で営まれていることを示している。ここで導入が検討されるドローンは、単なる省力化技術ではなく、人間の身体を守るための媒介として位置づけられる。コモンズ農園における技術もまた、効率のためではなく、関係を持続させるための道具として再定義されるべきものだろう。
農薬をめぐる小谷氏の発言も、コモンズ的な思考を照らし出す。彼は農薬を無条件に肯定するのでも、否定するのでもない。国の基準を守るという制度的枠組みを前提としつつ、「病気の果実を無農薬だから良いとする」風潮への違和感を語る。その姿勢は、善悪の二項対立を拒み、現場での判断と対話を重ねる態度にほかならない。
コモンズ農園が目指すのも、正解を一つに定める場ではなく、異なる立場や感覚が共存し、議論され続ける「考える場」である。
さらに〈尖農園〉は、地域における土地の問題を通じて、コモンズの困難さも示している。耕作放棄地は存在しても、それが誰にでも開かれているわけではない。農地を貸すかどうかは、経験、信頼、地域との関係性に深く依存する。小谷氏が語る「本気の人ならつなぎたい」という言葉は、コモンズが自然発生的に成立するものではなく、時間をかけた関係の編み直しによってしか生まれないことを示している。
紀南アートウィークやコモンズ農園への関与が、彼にとって「息抜き」や「楽しみ」として語られている点も重要である。農業の外部に触れる経験は、農業そのものを否定するためではなく、むしろ続けるための余白として機能している。倉庫の二階を人が集まれる場にしたいという構想は、〈尖農園〉が単なる生産の場から、関係が立ち上がる場へと変容する可能性を孕んでいる。
このように〈尖農園〉は、コモンズ農園にとっての理想像というよりも、現実との接点である。理念が現場に接続されるときに生じる摩擦、葛藤、未完性を体現する存在として、〈尖農園〉はコモンズ農園の思想を空疎な概念に終わらせず、具体的な時間と身体の中へと引き戻している。コモンズ農園が未来へ向けて開かれた試みであるならば、〈尖農園〉はその足元を支える、現在進行形の現実そのものだといえる。


写真:下田学、Tartaruga