まつさか農園 (和歌山県有田市)


まつさか農園は、和歌山県有田市に拠点を置く柑橘農園で、主に温州みかんを中心とした柑橘類の生産を行っている。有田地域の急傾斜地という厳しい自然条件のもと、長年培われてきたみかん栽培の技術を継承しつつ、労働環境や栽培構造そのものを見直す実践に取り組んでいる点に特徴がある。同農園では、属人的な職人技に過度に依存しない「誰でも参加可能な農業」を目指し、草生栽培の導入、園地設計や作業工程の改善、作業負担の軽減などを通じて、身体的負荷の少ない持続可能な農業モデルの構築を進めている。また、栽培や管理においては、経験や勘に頼るだけでなく、データ収集や検証を重ねることで、再現性と共有性を高める知見の蓄積を重視している。さらに、味や品質においては、糖度などの数値指標のみに依拠せず、完熟による風味や食味といった総合的な価値を大切にし、世代を超えて「変わらない美味しさ」を届けることを目標としている。まつさか農園の取り組みは、地域農業の持続性や担い手の多様化といった課題に応答する実践として注目されている。

まつさか農園 園主の松坂進也氏にインタビューを行った。

農園を巡りながら話す松坂進也氏



松坂さんインタビュー 要約

1.出会いと問題意識
松坂さんは、もともと農業に強い関心があったわけではなく、祖父の体調不良をきっかけに畑を引き継いだことからみかん栽培を始めた。当初は「短期間で自動化できる仕事」と農業を軽く見ていたが、実際に取り組むなかで、農業が極めて複雑で、整然としたマニュアルでは割り切れない世界であることを痛感する。この「わからなさ」への違和感が、松坂さんの農業を徹底的に分析・構造化しようとする姿勢の出発点となった。

2.「整然とした農業」への志向
文系出身でありながら、数学の因数分解のように、条件を整理し、誰がやっても一定の結果に近づける「装置としての農業」に魅力を感じる松坂さんは、「サルでもできる農業」を合言葉に研究を開始する。これは単なる効率化ではなく、属人的な職人技に依存しすぎた農業構造や過酷な労働環境への疑問であり、「誰でも参加できる農業」への問題提起でもあった。

3.やさしい農業への転換
次第に松坂さんの関心は、「楽な農業」から「人と植物の双方が幸せになる農業」へと移行する。有田みかん産地の急傾斜地で続いてきた過酷な労働環境、重量物の運搬による職業病、年齢とともに蓄積する身体負担。これらを「仕方がないもの」とせず、変えるべき構造として捉え、女性の身体条件に合わせた作業環境づくりや、自然の力を活かした栽培方法の実験に取り組んでいる。

平坦な農地を購入し、新しい草生栽培の方法を実験している園地。

4.職人技と共有可能性のあいだ
松坂さんは、現在の「誰でもできる農業」は評価としては40~50点程度にとどまると率直に語る。一方で、職人技の頂点(100点)を否定するのではなく、その水準を「やさしい農業」で到達できる方法を模索している。ここには、一人の名人が完成度を高める農業と、地域全体の持続性を高める農業との緊張関係がある。

5.味・価値・数値化できないもの
消費者が求める糖度至上主義に対して、松坂さんは完熟による風味や旨味、食味といった「数値化できない美味しさ」を重視する。祖父母の代から受け継がれてきた完熟収穫の記憶は、技術革新のなかでも残すべき価値として語られ、次世代に「変わらない味」を届けることが自身の責任だと位置づけられている。

6.気候変動と20年後の責任
気候変動によって有田が将来、柑橘の適地でなくなる可能性を見据えながらも、「少なくとも20年はみかんを作り続ける」という時間軸での責任が語られる。農業は短期的な利益ではなく、世代を超えた持続性の問題として捉えられている。

あらたに購入した平坦な農地

7.コモンズ農園への視点
松坂さんは、コモンズ農園の活動に対し、「人間中心」になりすぎない姿勢を評価しつつ、植物の健康への配慮を強調する。植物と人間が言葉なき対話を通じて共に良くなる関係性、そのための「管理」と「放任」のバランスが重要だと述べ、議論と対話の場としてのコモンズ農園の可能性に共感を示している。

8.土地の記憶と物語
有田の地域史―「ケシ栽培(アヘンの原料作物)」や漁業の歴史など、語られなくなった過去―に触れながら、松坂さんは「物語として語り継がれること」の重要性を語る。良い・悪いではなく、なぜそうであったのかを考えることが、土地への理解を深め、未来の営みの厚みになるという認識が共有された。

農園を巡りながら話す松坂進也氏


〈まつさか農園〉から考えるコモンズ農園

やさしい農業としての構造実験と、共有可能な技術の倫理
コモンズ農園は、農園を単なる生産の場ではなく、人・植物・土地・時間が交差し続ける「生成するコモンズ」として捉え直す試みである。そこでは完成形や最適解が先にあるのではなく、異なる立場や身体、価値観が出会い、調整され、時に衝突しながら関係性そのものが更新されていく。その視点から見たとき、まつさか農園の実践は、極めて重要な参照点として位置づけることができる。
まつさか農園の特徴は、いわゆる「自然栽培」や「慣行農業」といった二項対立に回収されない点にある。松坂氏の農業は、自然を放置することでも、人間の管理を極限まで強めることでもなく、人と植物の双方が無理なく関係を持続できる条件を、構造として組み替えようとする実験に近い。ここで重要なのは、彼が農業を「属人的な職人技」ではなく、「誰でも参加可能な装置」として再設計しようとしている点である。松坂氏は、農業の現場に蔓延する過酷な労働条件を、個人の覚悟や美徳として引き受けることを拒否する。
急傾斜地での重労働、加齢とともに蓄積する身体的歪み、職業病としての怪我 ―それらを「仕方がないもの」とせず、変えるべき構造として捉える姿勢は、コモンズ農園が目指す「場の倫理」と強く共鳴している。
特に、女性の身体条件を基準に作業環境を再設計する試みは、農業の前提そのものを問い直す行為であり、農園を社会的実験の場へと開いている。
また、まつさか農園では、草生栽培や園地設計、作業工程の見直しなどが、感覚や勘に頼るのではなく、徹底したデータ収集と検証によって支えられている。この「科学的エビデンスに基づくやさしさ」は、コモンズ農園にとっても重要な示唆を与える。なぜなら、共有可能なコモンズを成立させるためには、経験や暗黙知を可視化し、他者と分かち合える形式へと翻訳する作業が不可欠だからである。松坂氏の実践は、職人技の頂点を否定するのではなく、その水準をいかにして多くの人が到達可能なものへと変換できるか、という問いを農業の内部から投げかけている。
さらに注目すべきは、松坂氏が「人にやさしい農業」と同時に「植物が元気であること」を強調している点である。自然栽培の名のもとに、植物が弱り、助けを求めているように見える状況への違和感は、人間中心主義への単純な批判にとどまらない。人間の理想や思想を植物に押し付けるのではなく、植物とのノンバーバルな対話を通じて関係を調整していく姿勢は、コモンズ農園が重視する「管理と放任のあいだ」を具体的に示している。味覚や価値の捉え方においても、まつさか農園はコモンズ的である。糖度という単一指標に回収されない完熟の風味、旨味、記憶としての味。それは市場価値だけでなく、世代を超えて共有される感覚的コモンズと言える。松坂氏が「20年後の子どもたちが同じ味を食べられること」を最低限の責任と語るとき、農業は短期的な経済活動ではなく、時間を媒介とした公共的実践として立ち上がる。
加えて、有田という土地が持つ語られなくなった歴史―アヘンの原料となるケシ栽培、漁業の記憶―に触れながら、それを善悪ではなく「物語」として残すべきだとする視点は、コモンズ農園が目指す地域との関係性とも深く接続する。土地の過去を掘り起こし、現在の営みと接続し直すことは、新しい実践を可能にする想像力の土壌を耕す行為にほかならない。以上のように、まつさか農園は、コモンズ農園にとって「完成されたモデル」ではなく、「共有可能な実験知」を蓄積する伴走者として位置づけられる。
やさしい農業とは何か、誰のための効率化なのか、植物と人間はいかに共に幸せであり得るのか ―その問いを、思想ではなく現場から立ち上げ続けている点にこそ、まつさか農園の本質的な価値がある。コモンズ農園は、この実践から学びつつ、異なる場所・異なる身体条件のなかで、さらに別様の「やさしさ」を生成していく場となるだろう。

農地での松坂進也氏へのインタビュー

*本リサーチは、公益財団法人小笠原俊晶記念財団の助成により実施されました。

写真:Tartaruga